2-8 夢幻と窮地

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 うんざりだった。ニナの真剣な眼差しに嫌気がさし、何も言わず去ってしまいたいとも思った。彼女の瞳に僅かでも揶揄いや嘲りの影が見えれば、即刻背を向けるつもりでいた。 「話したいことって、それだけ」  辛うじて足を止めているのは、彼女の必死な表情にも瞳にも、嫌な影が見えないからだった。 「嘘を吐かず、真実を答えてください」  緊張のあまり微かに声を震わせ、それでも彼女は言い切った。 「サクは、犯人なんですか」  自分の言い分なんて誰も聞く耳を持たない。これまでがそうだったから、期待などこれっぽちも抱いていない。彼女と会話をするのもこれで最後だ。そう思ったから、返事ができた。 「僕は、やってない」  素っ気ない彼の返事を頭の中で反芻している様子の彼女は、やがて強張っていた肩の力を抜いた。ふっと表情が和らぎ、僅かに笑みさえ浮かべる。 「わかりました」  安堵の顔をする彼女に、今度はサクが疑問を口にした。 「わかったって、何が」 「あなたは無実で、あの噂は本当のことではないってことが」 「でもさっきも言ったように、僕には証明できるアリバイがないんだよ」  予想外の言葉に、思わずそんな台詞を吐いてしまう。だがニナは何度も頷き、細い指を軽く自分の顎に当てる。 「アリバイがないことと犯人であることは、イコールではありません。あなたではない、真犯人がいるってことですよね」  まさか、からかっているのだろうか。だが思案にふけろうとする彼女は真剣そのもので、とてもサクの反応を見て楽しんでいる風ではない。 「よければ、一体何があったのか教えてください」  シェルターに戻って初めて見る真摯な瞳で、彼女はサクを促した。  あの夜、管理部と名乗る誰かから呼び出しがあったこと、その時爆発事件が起きたこと、通信履歴が消えていたことをサクは手短に説明した。ニナは思案していたが、やがて小さくため息を吐いた。 「明らかに、誰かがあなたを陥れようとしていますね。心当たりはないんでしょうか」 「ないとは言い切れない。けれど僕は、一人でここに戻ってきた。他の誰かの指示じゃない」  流石にカイのことは話せなかった。雑な説明だったが、ニナは眉根を寄せて考えている。 「戻ってきたあなたを邪魔に思った誰かが、罪を被せようとした。疑問は多くあります。なぜ研究施設の破壊という方法を取ったのか、なぜあなたに通信を行い履歴を削除できたのか、そしてなぜターゲットがあなたたのか」  すぐに答えを導き出せず、彼女は首を軽く振る。肩までの髪がゆらゆらと揺れた。 「私はあなたが疑われているのに、アリバイがないと聞いて不審に思っていました。もし本当に爆破計画を企んでいたのなら、自分のアリバイは固めるはずです。夜中に一人で出歩いて、しかも同室の人に外出を認識されているなんて、犯人になりたいと言っているようなものです」  確かに彼女の言う通りだ。サクは一つ頷く。 「だから、サクに直接確認を取りたかった。あなたの口から、真偽を教えて欲しかった。……私には、あなたが犯人だとは思えなかったんです」  サクはその理由を問おうとしたが、彼女は腕時計を確認した。偵察部隊員の就寝時刻である二十二時が迫っている。 「きっと本当のことがわかります。私もそれを探します。だからサクも、諦めないでください」  彼女に言われて、自分が随分諦めの気持ちに傾いていたことに気が付いた。足掻くほどに墓穴を掘るような気がして、身動きが取れなくなっていた。わかったと返事をし、ニナと別れて部屋に向かった。  珍しく就寝時刻ぎりぎりに戻って来たサクに、ムジは明らかに不機嫌な顔を見せた。寝床に入りかけていた彼は、わざわざこちらに歩いてくる。 「おまえさ、なに調子に乗ってんだよ」 「調子って」ドアを閉め、サクは怪訝な表情をした。 「俺も知ってるぜ、あの研究所の子。なに、おまえのくせに誑かそうとしてんのか」 「何が」  いやにピリピリしているムジの言葉の意味が分からず問い返すが、彼は一つ舌打ちし、サクの肩をこぶしで小突いた。何か勘違いをされていることに気付いたが、先ほどのやり取りを彼に説明する気にはなれない。どうせまともに耳を貸さないだろう。  就寝時刻を知らせる放送が険悪な空気を破り、二人はそれぞれの寝床に入った。
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