2-14 夢幻と窮地

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2-14 夢幻と窮地

 落ち着かない気持ちで一昼夜を過ごし、翌日の訓練にも全く身が入らなかった。もうすぐ目的が達成できる。そう思うと、少々の小言をくらうことなど大した問題ではなかった。  もしかすると、地下一階の食堂で夕食を済ませて帰るのかもしれない。どちらで張るか迷ったが、確実に彼が通るであろう、地上一階のエレベーター付近で待ち伏せすることにした。  廊下の端で、一階にしかない窓の外を見るふりをして、射撃訓練場から出てくる第一部隊の人間を遠目に見張った。ここで見つからなければ、他に手を考えねばならない。だから、部屋から出てきた彼の横顔を見つけた時には随分とほっとした。  人混みの後ろの方で目立たないように歩く。大半は階段で真下のフロアに向かったが、彼は一人エレベーターに乗り込んだ。地下三十階から地下三十三階に停まる高速エレベーターは、地下三十二階にランプを点灯させた。途中で停止した気配はない。  追いかけるように次のエレベーターに乗り込んだ。階が判明しても敷地は広大だ。初めて降り立った居住区の広さにげんなりしながらも、網目状に区切られた区画を歩きながら、最後の手段を取ることにした。  住民の居住状況は、フロアによって管理されている。地下三十二階の管理室に向かい、アサギという偵察部隊員の住居の照会を頼む。 「おたくも偵察部隊の人? いったいどのようなご用件で」  眼鏡をかけた管理室の職員は、不審な目をサクに向けた。若い偵察部隊員の訪問を怪訝に思い、拒絶したがっているのが明らかだった。 「実は、彼に容疑がかかっているんです」  パーテーションで区切られたスペースで長椅子に浅く腰掛けたサクが声をひそめると、正面の相手は目を見張って驚きの表情を見せた。ソファーというものは置いていなかった。 「テロ行為に関連した動きが見えたので、秘密裏に調査にきました」  上に確認されれば一発で露呈する嘘だが、一晩程度なら騙し通せるだろうという策略だった。 「これまた、彼はどういったことを」 「まだ明らかではありませんし、お話もできません。まずは居住区での動きを監視しようという運びになりました。まだ容疑というだけで、確実なことではありませんので」  男は半信半疑の様子で腕を組む。いきなりテロ行為と言われても、にわかに信じ難いのだろう。 「それなら、なぜうちへ。偵察部隊の方なら、管理部で彼の住居は割り出せるのでは」  鋭い質問に、サクは用意していた台詞を答えた。 「彼の部屋だけでなく、住居そのものの構造や地形を教えてほしいのです。万が一の場合、突入する際の資料になります。現地をよく知る方からの情報を得たいとのことです」  突入という言葉に、職員はぐっと唾を呑み込んだ。強張る表情を宥めるように、「そうならないように、調査をしています」と連ねた。  もしサクが偵察部隊の制服を着ていなければ一笑に付されていただろう。シェルターのために身を削る隊員であることは、居住区では大きな意味を持つ。男は未だに表情を硬くしたまま、わかりましたと返事をした。  アサギに勘付かれないためにも、誰にも話さないよう約束させ、サクはそこを後にした。  思いがけず上手くいった。そもそも相手にされるか不安だったが、奴が住む場所の詳細まで手に入れられた。  だが、まったく浮かれた気分にはなれない。今晩、自分は人を殺す。心の中はずっしりと重たかった。
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