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ジンはわりとあっさり音を上げてしまった。やっぱりといべきか、彼には推理のセンスがまったくないらしい。
「いいか。この事件、最初から僕と君を騙すために作られたものだと考えれば合点がいくのさ。だって、テッドさんは自ら僕らをこの家に招いたんだからな。探偵を招いた先で殺人事件が起きた。これが偶然なんて思うか?謎解きされたくないなら、僕達が帰ったあとで事件を起こせばいいんだから」
裏を返せば。
これは最初から、僕達に解かせるための事件であり、誰かの挑戦状である可能性が高いという。
「検死ができないんだから、死体が正確にいつ亡くなったものかなんて僕等にはわからないわけ。鍵の管理に多分穴はない。記録に残らない形で鍵を借りて、倉庫を開けることはできないんだろう。最後にオットーさんが鍵を借りた三日前、チャンスはもうそこしかない」
「その時、鍵をすり替えたとか?」
「難しいだろうな。あんな細かな装飾がある特注品の鍵、タグをつけかえれば誤魔化しがきくようなホテルの鍵とは違うんだから。鍵をすり替えたんじゃない。すり替えたのは別のものだろうさ」
つまり、と僕は指を一本立てる。
「死亡推定時刻が誤りなんだ。テッドさんは、遅くとも三日前の時点で死んで倉庫に首吊りさせられていたんだ。で、それ以降は別人がテッドさんに成りすましていたんだ」
マリーベルが僕達に声をかけてくれたのは一週間前。三日前なら十分準備開始は可能だ。
「実行犯を、オットーさんだと仮定しよう。オットーさんはテッドさんを殺害し、倉庫で首吊りさせて鍵をしめた。そして何食わぬ顔で鍵を元のカウンターに戻したんだ」
「で、でも、そのあとテッドさんは俺達の前に現れてるじゃないですか!」
「馬鹿、僕達はテッドさんの既知の友人でもなんでもないんだぞ。別人に入れ替わってたってわかるものか。ましてや、彼には顔と雰囲気がそっくりな兄弟が四人もいるんだ。誰かが入れ替わってたってわかるはずもない。ましてや僕達は、五兄弟が全員揃っているのを一度も見てないんだぞ」
「あ……」
そう、紹介された時、五男のリヴァルは一緒にいなかったのだ。
五兄弟を、四人で演じるのは不可能な話ではない。ましてや、騙す相手が自分達のことをよく知らない他人で、顔を覚えるのが苦手な探偵と助手であれば。
「単純なことさ。兄弟の誰かがテッドさんのふりして僕たちに挨拶をし、わざわざ鍵を見せて“密室になりうる状況”を示してみせた。そして、適当なタイミングで複数人にテッドさんの死体を発見させたわけ。これで簡単に、“少なくとも三日間は密室だったはずの部屋から、さっきまで生きていたはずの人の死体が転がり出る”と言う状況になるわけだ」
部屋を探せば探すほど、密室は強固になるだろう。窓が羽目殺しで開かないことも、鍵が他にないことも、それを補強する材料にしかならないのだから。もちろん、隠し通路なんてないことも含めて。
「それでね。なんで僕がさっさとこの屋敷から帰りたいのかっていうとね?」
げっそりとした気持ちで僕は語る。
「これ、僕達相手だから騙せたことだろうってこと。……いくら兄弟が似ててもさあ。長年付き合った使用人とか家族に、入れ替わりがバレないなんてことある?」
「あ」
「つまりね。これ、全員グルなんじゃないかって言いたいわけ。実行犯がオットーだろうが他の兄弟だろうが使用人だろうがもう関係ないの。黙ってた時点でみんな共犯なんだから。しかも……家主一人殺す理由が、“俺に密室の謎をつきつけて解かせてみたいから”とかいうサイコパスな理由かもしれないんだよ?その上、ここマリーの実家なわけ。……そりゃ逃げたくもなるでしょ」
「あー……」
これは一体どうするべきなのか。僕は茫然として、ジンと二人ベッドに転がったのだった。
謎を解かないと外に出して貰えそうにないが、解いたところで地獄でしかない気がしている。
少なくとも、長年事務員をしてくれていた女性だけはまともであったと信じたい。
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