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まさか、あのマリーベルが公爵家の娘だったとは。
この国では、公爵の子息も同等の身分として扱われる。しかも聞けば、テッドは現在の国王陛下の甥にあたるという。なんでそんな身分の女性が、自分みたいな中流階級の探偵事務所で事務員なんてやっているのやら。
テッドは体つきのがっしりした男性だった。僕とジンもかなり高身長の方ではあるが、彼は僕達より頭半分くらい大きい。さらに横幅もがっちりしている。太っているのではなく、骨が太くて筋肉質といった印象だった。丸眼鏡をしているせいか、余計威圧感のある紳士といった印象である。
なお、そのあと屋敷を案内されつつ親戚を何人も紹介された。テッドには五人も兄弟がいるらしい。現在四十八歳のテッドが家長であり、次男が四十五歳のサディアス、三男の四十四歳のオットー、四男の四十三歳のウォーレンに、五男の四十一歳のリヴァルと続くようだった。別に五つ子というわけでもないのに、彼等が似たりよったりの顔に見えてしまうのは多分全員が揃って“がっちりしたでっかい中年のおじさん(眼鏡をかけているのはテッドだけだったが)”というイメージで共通してしまっているからなのだろう。ちなみに五男のリヴァルは仕事の疲れで部屋で仮眠をとっているらしく、その時は会うことができなかった。
大きな屋敷にもなるわけである。五人の兄弟がそれぞれ家族を持ち、中には孫がいる者もいて、全員が一つ屋根の下で暮らしているのだから。その上で、使用人が二十三人もいるという。よほど羽振りがいいのだろう。
息子たちの家族や使用人もそれぞれ紹介されたが、正直人数が多すぎて名前と顔を覚えることを早々に放棄してしまった。
「この館は、元々ホテルでしてな。大人数を御泊めするのに非常に適しているのです」
「あ、道理で……」
妙な構造の屋敷だと思ったのはそのせいだったらしい。なんせ、入口付近にカウンターのような場所があるのだから。そのうしろに、じゃらじゃらと大量の鍵がぶら下がっている。蝶をデザインしたもの、虎をデザインしたもの、天使をデザインしたものとみんな装飾やサイズがバラバラだった。どれもこれもオーダーメイドの特注品だとテッドは笑う。
「素晴らしいでしょう、この鍵の数々!どれも特注品ゆえ、複製ができないのです。マスターキーのようなものも作れませんので。部屋も倉庫も食堂も風呂場も、全部違う鍵なんですよ!」
「そ、そうですか」
「はい、お二人に御貸しするのは205号室でございますね」
男同士だし、二人一緒の方が気楽なので同じ部屋にしてもらっていた。205号室は、大鷲を象った鍵である。僕はテッドに頭を下げてその鍵を受け取ったのだった。
部屋に向かう道中、僕は相棒のジンに思わず呟いたのである。
「……ジン。なんかこう、フラグ立ってそうだと思わないか。探偵が、いかにも、な貴族様の屋敷にいるんだぜ。しかもご丁寧に鍵の紹介までしてくれたぞ。密室殺人とか起きそうだよな」
「やめてくださいよブラッド!ぶっちゃけ、俺も思ってましたけど!すごく思ってましたけど!」
彼はものすごく嫌そうな顔をした。まあ、正直僕達がどこかに出かけると、その先で変な事件に遭遇することはままあることではあったけれど。
正直、御免被りたいのも確かなのである。
急用で本人が来られなくなったとはいえ、ここはマリーベルの実家なのだから。
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