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 すべての窓を開け放つと、澱んだ空気は和らいだ。冷たい風が吹き込んで部屋の中は冷えたが、廃墟じみた埃やカビの匂いはずいぶんマシになる。  家具などは、祖母が生きていた頃のままだった。やがて空気が入れ替わると共に、別荘の中の見た目は記憶の中の懐かしい風景に近づいていった。  押し入れから取り出した掃除機を床にかけながら、私の意識は何度も、テーブルの上に置いた花輪へと戻っていった。  別荘地を舞台にした小説に、私はこの家を登場させている。主人公の一家が滞在するカブトムシ荘の隣の、今は無人の赤い屋根の別荘として。私はそこに、ドアノブに飾られたシロツメクサの花輪を書き入れていた。記憶の中の、祖母の行動から思いついた描写だ。  小説の中で、この花輪がどこかに繋がる訳ではないのだが、私はどうしてもそれを書きたかった。ほとんど無意識ではあったが、祖母の存在感のようなものを、小説の中にもさりげなく盛り込みたかったのかもしれない。  小説の主人公は色鮮やかな花輪を見て、少し不思議に思い、近所の子供のいたずらかと考える。それとまったく同じ反応を、私は実際に繰り返していた。自分で書いた文章を、自分でなぞっている。なんだか変な感じだ。まるで、自分の書いた小説の中から、何かが滲み出てきたような。あるいは、小説の中に入ってしまったような。
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