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「そうだな」  俺は暫し考え込んでから、口を開いた。 「俺と河瀬が付き合ってる、とか良いんじゃね」  そう、それは絶対的な嘘。  現実的に考えて、実際には起こり得ない出来事だ。俺と河瀬が、付き合っている――――それをクラスの奴らに言えば、間違いなく騙されるやつなんて居ないに決まっていて、皆こう笑うのだ。 「エイプリルフールだからって、ぶっ飛んだウソつきすぎ」  俺はそこまで考えて、ふ、と立ち止まった。  絶対的な嘘。  なんとなくその五文字に、心が無意識的に、傷ついているような…………いや、そんな気がしただけだな。  俺はまた手を動かし始めた。雑巾を手に取り、チョーク置き場を綺麗に拭く。その後は、教室の後ろの方にある棚の上を、チリ一つ残さないよう拭き取る。 「なあ」  俺は思わず言った。 「河瀬、黙るのはやめてくれよ」  そうだ、河瀬が、あの騒がしい河瀬が俺の発言にツッコんでこない。俺は何かまずいことを言ったのかもしれない。  そんな一抹の不安が脳裏をよぎる。  ――しかし、そんな心配はいらなかった。 「あっははははは」  いつもの彼女の明るい笑い声が響く。 「和樹も言うようになったじゃん」 「そうか?」 「これもコミュ力爆上げ作戦のお陰だね」 「俺はそんなものに参加した覚えはない」 「私と一緒にいる時点で、無条件で参加してるのよ」  何故か河瀬は胸を張った。 「和樹の考えた嘘、なかなかいいわよ」 「あ、ども」 「でもね、私はそれは言わないかな」 「なんで」  言ってもいいのに。  いや、嘘だとしても俺と付き合っているなんていう言葉を言いたくないのかもしれない。  俺にかまってくるとはいえ、あいつだって、あいつの友達は居るし、いい感じの男子だっているだろう。  なんてったって、彼女は一軍女子……。   「だってさ、エイプリルフールについた嘘ってさ、こう言われてんじゃん」  河瀬はチリトリに集めたゴミを掃き入れながら言った。 「言ったことは、その一年間絶対に叶わないんだって。だから、言わない」     「え?」 「まあ、だから、そーゆーことでもなくもないって感じかな」 「ん?」  俺がフリーズしている間に、彼女は素早く集めたゴミをゴミ箱に捨てると、風のような速さで教室を出ていった。 「またねっ、和樹!」  こちらに顔を向けないままで。 「……はぁ?」  なんなんだよ、あいつ。  俺に散々ふっかけておいて、自分は気づけば掃除を終わらせて、さっさと帰ってしまうなんて。    久しぶりに見たな、河瀬美來が焦ったように走り去ったの。  いや、初めてかもしれない。  ……というか、さ。  あいつがああ言ってたのって、俺と付き合っているっていう「嘘」を言いたくないってことで……その理由はエイプリルフールについた嘘は叶わないって言われているからで……それってつまり……?  俺の思考はそこでストップした。  いや待てよ河瀬、それは、ないだろ。  ちょっとだけ、頬が熱くなったような気がした。  俺もなんだか教室に居たたまれなくなって、水拭きをササッと終わらせて雑巾を洗って、掃除を完了させた。 「言ったことは、その一年間絶対に叶わないんだって。だから、言わない」  河瀬の言葉が頭の中で無限ループする。 「ああ、くそっ」  なんとなく胸のあたりが変な感じがして、無性に何かに八つ当たりしたくなる。  その感情に名前をつけることができないまま、俺は思った。  俺は今度も河瀬美來には勝てなかった――と。  (了) 
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