ほっぺがのびーる

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ほっぺがのびーる

 私は美味しいおせんべいで有名な老舗の米菓製造会社に勤めている。  県下でも名の知れた優良企業だ。  この春、三回目の新年度を迎えた。  例年通り、四月一日は前年の反省点のあぶり出し会議から。 「年明けから三ヶ月、どうして売上が落ちるんだ?」  営業課長から問題提起が。  確かに1〜3月、主力商品の黒豆せんべいの販売が大きく落ち込んでいる。  『ほっぺが落ちるほどのおいしさ!』 「このパッケージのキャッチコピーがまずいのでは?」  先輩の意見に、私は「そうか!」と思った。  受験生を抱える家庭では『落ちる』なんて言葉はタブーだ。  特に受験シーズンは!  会議の結果、キャッチコピーを変更することになった。  落ちてはいけないのなら伸びればいい。  『ほっぺが伸びるほどのおいしさ!』  ほっぺも伸びて、成績も伸びる!  これなら受験生の家族にも買ってもらいやすい。  早速、社内メールでこの決定を通知した。  すると、意外な部署から懸念の声が上がった。  新規事業としてこの春に立ち上がった美容品部門からだ。 「『ほっぺが伸びる』は顔の皺が消える効果があると誤解されます」  は? 「せんべいを食べてほうれい線が消えるだって?」 「そんな勘違いする人いるの?」  口々に不満を漏らす営業部の先輩方。  しかし、コスメ担当者から見るとその不安があるのだろう。  『ほっぺが伸びる』に自信をなくす営業部一同。  だが、もう他にアイデアは浮かばなかった。 「『ほっぺが伸びる』で押し切るぞッ!」  営業課長の一声でキャッチコピーの変更が決定した。  ただ、今までおせんべいを真面目に売ってきただけの営業部だ。  クレームの対応にはめっぽう弱い。  課長も強気には出てみたが、内心ビビッているのは私でも分かった。 「よし、注釈をつけよう」  『ほっぺが伸びる』のキャッチコピーに苦情が来ないための対策だ。  商品のパッケージの前面に目立つように様々な注釈が印字された。  『※本当にほっぺが伸びるわけではございません』  『※個人の感想です』  『※ほうれい線が消える効果はございません』  『※顔のシワ全般に対しても効果がありません』  『※このパッケージは1月から3月までの限定デザインです』  『※限定デザインに変更した理由は弊社HPに記載しております』  『※上記変更について電話でのお問い合わせはご遠慮ください』  『ほっぺがのび~るほどのおいしさ!』  その下に延々と続くでっかいフォントサイズの注意書き。  試作の新パッケージを社長に提出する。 「文字が多すぎて中身の商品が見えないじゃないか!」  そう叱られるに違いない。  営業部全員が覚悟していたが、クレームに臆病なのは社長も同じだった。  パッケージを見るなり、ニコニコ顔に変わった。 「いいね! せんべいだからコメ印が多くて!」  (おわり)  
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