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ある日私はようやく、その映像を再び見ることができたのだ。といっても、ネットで探して見つかったわけではない。その映像が、夢に出てきたのだ。私は、その映像の中にいた。暗い森の中だった。何故か不思議と、怖いとか不気味だとかいうような気持にはならなかった。歌っている人は、離れた所にいる。私は近づかず、そこから聞いているだけだった。その人が歌い終わったところで、私は目が覚めた。結局、歌詞は分からないままだった。
もう一度この夢を見たい、とその日思い続けていたからだろうか。その夜もまた私はその夢を見た。今度は私は夢の中で、その歌をはっきり聞こうと、その人に近づいていった。けれど、どれだけ進んでも、その人には近づけない。必死になって近づこうとしているうちに目が覚めた。
そしてそれ以来、私は毎晩その夢を見るようになった。近づいても近づいても、やはり近づくことはできないのだけれど、ある日私は気付いた。一晩の夢の中では近づこうとしても近づけないけれど、毎晩夢を見るたびに、少しずつ、歌う人に私は近づいてきているのだ。日が経つにつれて、私は近づいていき、そして歌も少しずつ鮮明に聞こえるようになってきた。相変わらず歌詞は分からないままなのだけれど。
寝ても覚めても、私はその歌のことで頭がいっぱいだった。不気味で聞きたくなかった歌のはずなのに、そして今でも聞きたくはないと思っているはずなのに、夜が待ち遠しい。早く聞きたい、はっきりとした歌詞が知りたい。
それからどれくらいが経っただろう。夢の中で私は、その人のすぐ側に立っていた。やはり髪が長く、口元しか見えない。その歌声は、不気味なのにどこか惹かれてしまう。その人は、しばらく歌を歌い続けていたのだけれど。
ふと歌うのをやめ、顔をあげて私の方を向いた。髪の隙間から、目が見えた。私の方を見ている。
「歌いたいの?」
頷いてはいけないような気が一瞬したけれど、気が付くと私は頷いていた。その瞬間、私の頭の中に、歌詞が、はっきりと浮かんだ。それはとても気味が悪くて、嫌な気持ちになるような歌詞だったけれど、それでもとても惹かれて、私は歌いたくなった。ふと周りを見ると、いつの間にかさっきの人はいなくなっていて、そこにいるのは私だけだった。これなら気兼ねなく歌うことができる。
それ以来私はずっと、そこで歌い続けている。あまりにも歌い心地がよくて、やめることができない。いつの間にか、髪が顔を隠すほどに長くなってしまったけれど、それでも私は歌い続ける。いつまで歌い続けるのかは自分でも分からない。けれど少なくとも、せめてこの歌の素晴らしさを誰かに知ってもらうまでは。この歌を誰かに聞いてもらうまでは、私は歌うのをやめることはできないだろう。
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