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「ベース持ってくるからスタジオの前で待ってて」
箱崎の言葉に俺は黙って頷いた。
スタジオTは国道沿いにあった。
道は目の前を真っ直ぐに伸びていて、視力が悪い俺の目にはその先はよく見えない。
でも多分、途中で曲がったり他の道に合流したりして続いていくのだろう。
このまま進んでいって、曲がりくねりながら海に着いて、どうにかして海を渡って、そうしたらロディのいたアメリカに着くのかな。
世界で活躍するようなベーシストになって、大きなフェスかなんかでロディと同じステージに立つ。なんてフワフワしたことを夢想することもあった。
それは俺の技術では0に近い確率だとわかってはいたけれど、ロディがこの世にいなくなった今、完全に0になってしまった。
目の前を沢山の車が通り過ぎてゆく。通りを歩く人々は忙しなくただ日常をこなしているように見えた。
ここから見える人、見えないけれどこの風景を構成している人達、その中でロディを知っている人間はどれだけいるんだろう。そしてその中で、彼の死を嘆いている人は俺以外にいるのだろうか……。
「この道ってこんなに真っ直ぐだったんだ……」
背後から低く落ち着いた声がした。
ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。
「……うん」
「中谷は私のこと嫌いなのかと思ってた」
「いや、嫌い……ではないよ」
「声かけたのも、どうせ付いてこないだろうな、と思ったから」
「いや、あれは付いて行かざるを得ないだろ」
俺の言葉に、箱崎はふふっと声を洩らす。
「最初……豆腐屋のおばちゃんも、休憩所で声かけてきたおばちゃんも『ロディのことも知らないクソみたいな人生送ってるくせに、ウザ!』って思った。クラスの子達も『毎日おウチに帰れば温かいご飯が待ってるお気楽な生活送ってるくせに』って……」
俺は箱崎の小さな顔に目をやった。
黒い瞳は真っ直ぐ続く道路のその先に向けられている。
「……けど、もしかしたらおばちゃんも大切な人を亡くしたばかりなのかもしれないし、今朝、愛猫が亡くなったのにシフトがどうしても埋まらなくて泣く泣く働いているのかもしれないし、おばちゃんもロディのファンなのかもしれない。そんで私ら見て『学校サボって能天気に男子とアオハルしやがって。このクソガキが!』って思ってるのかもしれないって……」
「あっ……」
真っ直ぐ続く通りからは沢山の人達の生活が感じられる。
ここから見る限り、ありふれた日常の景色に見えるけれど、中には深い哀しみや苦しみを抱えている人もいるのかもしれない。
「外から見ただけじゃわからないことって、あるよね」
「……うん」
この道の先に続いていく世界では、毎日沢山の人が亡くなっている。
そしてその数だけ哀しみがある。
それなのに、俺は女の子が隣にいるってだけで舞い上がったり、自分よりも大人な世界に身を置いているってやっかんだりしてるんだ。
くだらねぇことばっか考えてんだな……。
「……それでも、道は続いてゆくんだね」
箱崎は噛み締めるようにそう呟いた。
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