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「やっぱ、スティングレイなんだ」
俺が手にした相棒を見て、箱崎はふふっと笑う。
「うっせーな」
単純と言われてるような気がして、思わず俺は口を尖らせた。
そう、ロディと言えばサンバーストカラーのスティングレイ。
まあ、俺のは廉価版だけど……。
でも、楽器から入るのって意外と大事だと思う。モチベが全然違うんだ。
「箱崎はスティングレイじゃないのかよ」
彼女が自分のケースから取り出したのは使い込まれた様子のプレシジョンベース。
スティングレイじゃなきゃ、ロディのようなバキバキのスラップは鳴らせないだろ。
やっぱり大して好きじゃないんじゃないのか……。
「お兄ちゃんが昔使ってたのなんだ……」
どこか寂しげな彼女の声に、俺は視線を落とした。
「そか……」
人によってかたちは色々だ。
彼女にとってはプレベがそうなのかもしれない。
「スラップやってよ」
チューニングを終えると、彼女は静かにそう言った。
「ロディみたいには弾けないけど……」
「当たり前じゃん……」
言い返そうと思ってから俺は言葉を飲み込んだ。
箱崎がさっき通りを眺めていた時のような顔をしていたからだ。
「……だって、ロディだよ?」
人は心の中に外から見ただけじゃわからない何かを抱えている。それは箱崎も同じなんだろう……。
「そうだよな……」
俺はロディみたいに高速スラップなんかできないし、彼のようなグルーヴ感は出せない。
それでも俺は自分の能力の全てをかけて音を紡いでいく。
粒を揃えてリズミカルに。
親指で金属の弦を叩き、人差し指でそれを弾いていく……。
黒い瞳が俺の指先を無言で見つめる。
そして彼女は少し考えるようにしてから、柔らかなフレーズを刻み始めた。
歌うようなその音色を聴いて、俺は「ああ、そうか」と思った。
箱崎の声を耳にした時、どこかで聞いたことがあるような気がしたけれど、それはプレシジョンベースの音だったのか……。
女子にしては低めの穏やかな箱崎の声。それはプレベを指弾きした音に似ている。
柔らかくも切ない、どこか懐かしさのあるサウンド。
白い指が金属の弦を弾く時、内に秘めていた歌を解き放つ。
アンプから放たれるその音は、箱崎が哀しみの歌でも歌っているかのように響いてくる。
まるで泣いているように……。
それは正に彼女がロディに捧げる哀歌だった。
何かが頬を静かに伝っていく。
それでも俺は金属の弦を弾く指を止めなかった。
アメリカから遠く離れた島国で、シロウトのガキ達が響かせる低音だけの歌。
こんなもの、天国のロディには届きやしないだろう。
世の中で繰り返されている様々な不幸に比べたら、俺達の哀しみなんて些細なものなんだろう。
それでも俺達は続ける。
見つめる先に道がある限り。
〈完〉
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