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視線をやると、そこにいたのは艶やかな黒髪をサラリと下ろした黒目がちの少女だった。
物理的には彼女の方が俺よりもずっと背が低かったけれど、見下ろされている感覚になるのは何故なんだろう。
彼女は不敵に微笑んだかと思うと、瞳だけを動かして車窓を差し示してみせた。
その向こう側を流れる長閑な景色に、俺は思わず声を上げる。
「ああ! やっべー」
走り寄ってみても、その扉はガッチリと閉じられていて、当然開けることはできない。
カタタン、カタタンと呑気な音を鳴らしながら見慣れない田園風景が流れてていくばかりだ。
「あああ……。何やってんだ俺!」
「学校サボってどこ行くつもり? 不良少年」
頭を抱えていた俺は、思わずその声の主を振り返った。
「てか、箱崎もどこ行くつもりだよ。何でお前がここにいるんだ?」
俺らの学校の生徒達が降りてしまった下り電車はガラガラで、空席も結構目立っている。
「あー……。私は傷心旅行……かな」
伏せられた睫毛は変に盛られていないナチュラルなもので、俺には逆に大人っぽく感じられて、胸の奥がトクリと鳴った。
「世界的に有名なベーシストがこの世を去ったから……」
そう言った彼女は「わかるでしょ?」とでも言うように、俺の背中に視線を向けてみせた。
そう、俺の背中のギグバッグに入っているのは相棒のエレキベース。
けど彼女の口からベーシストって言葉が出るとは思っていなかったから、多分顔に出ちゃってたんだろう。
「別に軽音じゃなくても、ロディのファンだってよくない?」
そう言って彼女は綺麗な形の眉を寄せてみせた。
「も、もちろんいいと思うよ」
俺は慌てて答える。
「一年の時、仮入部で行ってみたけど、なんか違うなーって」
今度は俺が眉をしかめてみせる番だった。
確かに俺も最初「なんか違う」とは思った。
ウチの軽音部の先輩達は大体、J-POPかアニソンをやってて、洋楽のコピーなんてやってるヤツはあまりいなかった。
けど、俺は軽音自体初めてで、バンドが組めた時は凄く嬉しかったし、どんな曲だって個人練だけでは味わえない楽しさがある。
そもそも洋楽をやるとなると英語で歌えるボーカルを探さなきゃならないし、自分達の技量もある。
違う人間が数人集まって活動するのだ。必ずしも自分の意見が通る訳ではないし、少しずつ妥協し合って落としどころを見つけるのが大人ってもんじゃないかと思う。
それを「なんか違う」って言われると、それこそなんかなーって感じだ。
普段、箱崎は一人でいることが多い。
だからって陰キャではないし、おとなしいって訳でもない。
でも誰とも連まない。
たまたま近くにいたヤツと喋る。
それはその時々によって違うヤツだ。
それを一匹狼みたいでカッコイイって言うヤツもいるけど、俺はちょっと協調性がないんじゃないのかな、って思ってる。
「バンドは地元でもやってるし、別に学校でやらなくても、って」
「そ、そうなんだ。他の高校のヤツら?」
俺は動揺を隠すようにしてそう口にする。
「今は社会人」
「……へえ」
もしかしてカレシとか?
俺はその言葉を飲み込むようにしながら再び外の景色に目を向ける。
その瞬間、視界の隅を掠めた箱崎の眼差しに、微かな笑いが含まれていたように見えたのは気のせいだろうか……。
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