俺に歌わせろ!

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俺に歌わせろ!

 ボーカルのユウキが突然バンドを去った。  小学校からの同級生で組んだ腐れ縁バンドだ。  結束だけは強いはずじゃなかったのか?  だが、「売れる気がしねえ」と吐き捨てるユウキに誰も言い返せなかった。  今年、二十八歳を迎える。  「潮時」という言葉が頭を横切ったが、バンドは音楽活動続行を決めた。  新しいボーカルを探す選択肢はなかった。  同じ町で生まれ育ったダチだからこそ紡げる音楽がある。  俺たちはそう信じていたからだ。  ベースの俺、ギターのシン、ドラムスのキノッピ。  三人の中で誰が歌う?  お互いに顔を見合わせるメンバー。 「まず、次のリーダー誰がやる?」  シンがとりあえず新しいリーダーを決めることを提案した。  絶対的存在だったユウキの後を継ぐのはハードルが高い。  しかし! 「俺がやる」  サッと俺が手を挙げた。  三人の中で一番事務ができるのは税理士事務所でバイトをしている俺だ。  「ン?」とシン。  「えっと?」とキノッピ。  キノッピが言いにくそうに口を開いた。 「シンだろ?」  え? 「ユウキの次にカリスマ性あるのは、シンだし」  そっか、リーダーの必要条件はカリスマ性か! 「じゃ、シンで決まりだ」  ここは譲ることにした。 「ライブの演出とか衣装とか、もっと考えた方が良くない?」  今度はキノッピが提案した。  バンドの演出担当を決めるってことか。 「やる!」  俺が一番に手を挙げた。  こういう担当を決める時はグダグダしちゃダメだ。  それに、人気バンドのPVとかライブ映像を一番観ているのは俺のはず。  「お?」とシン。  「はい?」とキノッピ。  シンが言いにくそうに俺に言った。 「キノッピだろ?」  え? 「キノッピが一番センスあるし」  おっと、演出に必要なのはセンスか! 「じゃ、キノッピで決まりだ」  ここも譲ることにした。  それより大事な問題があるからだ。  今、決めるべきは誰がボーカルを務めるかだろ? 「パッと売れてさ、ユウキが復帰したくなるバンドにしようぜ!」 「そうだ。要は売れりゃいいんだろ?」 「バーカ。売れるに決まってんだろッ」  威勢のいい言葉は飛び出す。  しかし、誰からも「俺が歌う!」という一言が出ない。 「カズ、歌える?」  シンでもキノッピでもいい。  そう言ってくれるなら、俺は歌うけど。  しばらく待ってみた。  でも……やっぱり誰も言ってくれない。  このままだとボーカル不在のまま空中分解しちまうぞッ!  もう限界だ。 「ボーカルの件だけど、俺が歌う!」  覚悟を決めて俺が手を挙げた。  「エッ?」とシン。  「マジで?」とキノッピ。  そして黙り込む二人。  「ウソ。ごめん」と俺。  同級生だから言えることがある。  同級生だから言えないこともある。  そのことがよく分かった。  俺、歌が下手だったのかよ! 「まさか、ユウキの脱退理由って俺?」  そう考えると、急に鼓動が早くなってきた。  俺のハモリは雑音だったのか……。  本当にいなくなるべきメンバーは俺なのか?  身を引くタイミングは今? 「俺、バンド辞めた方がいいかな?」  思い切ってメンバーに尋ねた。  二人の反応次第では俺は腹を決めないといけない。  「は?」とシン。  「ふざけてんの?」とキノッピ。  え? 「二度と言うなよ」  新リーダーの初仕事としてシンが軽く俺を小突いた。  涙がジワリと滲んできた。 「冗談だって」  俺は無理やり笑顔を見せた。  その後、新しいボーカルは決定した。  シンとキノッピのツインボーカルだ。 「今度からマイクの音量を絞ってもらおうかな?」  俺はそう感じた。 (おわり)
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