やきもちケイジ ぶるぶるマコト

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やきもちケイジ ぶるぶるマコト

赤城ケイジは最近機嫌がいい。 その理由はアレだ。 「おはよう、榛名くん」 同期の榛名マコトと同じ時間に会社につく。  通勤の沿線が同じで、家も数駅しか離れていない。 「おう・・・」 クスッ 少し前に二人で残業した日、オフィスでマコトに鞭を打った。鞭、と言っても、デスクのペン立てに入っていた銀色の指示棒だ。ミーティングなどで使うアレ。誰も知らない秘密の残業は、マコトを目覚めさせるのに十分だった。 元はといえば、マコトが先にケイジをからかったのだから、返り討ちにあってはもう、仕方がない。 彼は、ケイジのものになりつつあった。 しかしまだ完全じゃない。 ミーティングでその指示棒が使われるたび、マコトの様子をうかがっているが、まあ、進みは上々のようだった。 クスッ 以来、ケイジは毎日、彼を愛でる。 時々わざとその鞭を取り出して、マコトの見ているところで、伸ばしたり縮めたりしている。 しかし、オフィスでの鞭打ち以来、ケイジはマコトに指一本触れていない。 そろそろ、ジワリと蠢く頃なんじゃないだろうか。 (さて、どうするか) 今日は同期の鈴木の仕切りで合コンの予定だった。 ケイジは数合わせと安心材料の役目だ。あまり男らしいとは言えない見た目のケイジは、マコトとはまったく逆のタイプだ。こういう席で彼が重宝されるのは、少ないパイを奪われる心配が無いからだろう。 そしてマコトは、良く言っても客寄せパンダ、悪く言えば、餌だ。 見た目も良くて気の利くマコトは、このような席でとても良く機能する。一番モテたとして、どう頑張っても全員とどうにかなることは無いから、周りのこぼれた者同士で、なんとか楽しくやっていける。同期の間ではもちろん、先輩からの誘いも多い。 最中、ケイジは少し困っていた。 今日は珍しく彼の横から離れない女がいる。原因はケイジにあった。つい、癖で見てしまったのだ。品定め、値踏み、と聞こえは悪くなるが、そっちのスイッチが入った状態で、一瞬だけケイジは目を合わせてしまった。その瞬間、女の瞳は奥行きが増していた。 (まあ、プレイなら望まれれば出来なくはないけど。失敗したな、今は他に行きたくない。あいつを、マコトを仕上げたいんだ、僕は) 飲み物のおかわりを聞かれ、他愛ない世間話をしながらなんとなく流されている。こういうとき、マコトの目に自分はどう映ってるんだろうと、ケイジは思った。 (これも僕の一面なんだが) 相変わらず、マコトは人気があって、髪の長いおでこがツルツルの女と、ショートカットで少し胸の大きな女に脇を固められている。 モテる男が好みというケイジは、それを見てとても気分が良かった。 (マコトはやっぱり、良い。コレが、あの日みたいにガラガラと崩れるんだから、本当に、たまらない) クスッ 「赤城さん、どうかされたんですか?」 隣りの女が言った。 肌触りの良さそうな薄い生地のカットソーの襟は大きく開き、スベスベしたデコルテが見えている。鎖骨のラインもくっきりとして、しかし全体的に肉付きの良い体はむっちりと、服の上からもそれがよくわかるくらいだ。 (縄がちょうどよく沈みそうだな) 「え、ああ。この店お酒が美味しいなと思って」 ケイジは頭で考えていることと全く別のことを口に出していた。 「そうなんですね。私、こういう席は慣れなくて、なんだか緊張します」 「そう。僕もあまり得意じゃないですよ」 そんなふうになんとなくやり過ごしていると、女は肘のあたりをつまんで、少しだけ袖をたくし上げた。 腕に薄っすらと横切るような跡が見える。 ケイジの視線はそこに止まったあと、女の顔に移動した。女の視線が交わる直前に、外した。 (ああ、やっぱり。これは、参ったなぁ) 正直なところ、ケイジはそんな風に思っていた。あの目は、飼い主を探している。一、二回遊びでならいいが、、今は面倒だと思うほうが強かった。 「ちょっと、失礼します」 ケイジはトイレに行くため、反対側の隣りにいた鈴木と入れ替わるようにして席を立った。 その女のこともあるけど、もう一つ困ったことがあった。マコトが女二人に挟まれて、まんざらでもない顔になっているのだ。 始めはそんな姿を見てむしろ面白がっていたのだが、今は無性に腹立たしく思えてきたから。 (モテる男は好きだけど、アイツのあの顔、鼻につく。あぁ、なんだか僕がヤキモチを焼いているみたいで、それもムカつく) 気に入らない、そう思って頭を冷やそうと席を立ったのだった。 マコトの席の方からは、榛名くんカワイイ、などと女の声が聞こえてくる。ケイジは背中でそれを聞きながら、小さく舌打ちして店の奥へ歩いた。 用を足して手を洗い、ついでに水で顔も洗った。目を開けて前を見ると鏡越しにマコトが立っていた。不機嫌そうにケイジを見ている。だけどその顔がまた、彼をゾクゾクさせる。 するとマコトは隣で指先を水で流し始めた。 「ぃ・・・っつ・・・」 マコトの口から苦痛が漏れ、指に赤い筋が見えた。 「なにそれ」 胸の中心がせり上がるような感覚があり、ケイジは思わずマコトに詰め寄った。 「え?あ、えと、女の子のグラスが倒れて、割れちゃってさ。それ、片付けたら切った」 チッ 「貸して」 と、ケイジは自分の手と顔を拭いて、マコトの指を別の新しいハンカチで押さえた。 「なに?それ。赤城って、いつもそんなに持ってんの?」 「まあね、傷ははじめの処置が肝心だからね」 「そんなにしょっちゅう怪我なんかしねぇよ」 クスッ 「まあ、そうだね。でも僕は、時々、小さな傷を付けちゃうこと、あるからさ。この前みたいなこと、肌に直接やったら、ね?」 マコトが少し怯んで、後退ったのがわかった。 スーツのポケットから絆創膏を取り出してマコトの指に巻いてやる。 「榛名くん、モテるね、相変わらず」 「うるせぇ。それより、そっちだって」 「ああ、あの子か。あの子は・・・ちょっと」 「なんか、変な風に見てただろ、なんだよアレ」 クスッ 「なに?ヤキモチ?ふふ。たぶんだけど、君と同類。と、いうか、まあ、君なんかより自覚があるから、よっぽど・・・そうだね、悪くないかもね」 そこまで言うと、ケイジはちらりとマコトの顔を見た。マコトはと言えば、いつものエラそうな表情は消えて、顔を赤くしてケイジをにらんでいる。 ケイジはこの顔がたまらなく好きだ。あんな自分からアピールしてくる傲慢な女なんかより、マコトの甘えたようなでも戸惑うような振る舞いの方が、全身の毛を立たせてしまうほど魅力的で強烈だ。 「この傷、グラス倒したのはどの女?」 「え、あ、俺の右の髪が長いひと」 「そうか。あのねぇ、僕はさ、大事なものに、僕以外が傷をつけるの、許せないんだ。わかる?」 「大事なもの?」 「そう、大事なもの。僕の大事な君の体だよ」 ケイジはマコトの腕を取りワイシャツの袖をまくった。腕の内側の青白い血の道を、手首からじっくりと舌でたどる。 途中、髪の毛に残っていた水滴がポタリと落ちると、マコトの体は都度、痙攣する。息が荒くなるのを隠すようにマコトは自分の手で口をふさいだ。 手の間から漏れる、熱くなった空気と擦れるようなマコトの切ない声を聞きながら、ケイジは肘の内側までたどり着く。 腕の一番太い筋肉の張りにケイジの唇が被さると、マコトは痛がるように顔をゆがめた。手をすこし強張らせているが、やめさせようとはしていない。 そしてまた、顔が崩れる。口を抑えている手はすでに隙間だらけで用を成していない。 音を立ててケイジの唇が離れると、その場所には薄赤く充血した刻印が打たれている。 「榛名・・・ねぇ、マコト、君はだれのものになりたい?」 「誰って、そんなの・・・物じゃねぇし・・・」 「君はいつもウソばっかりだね」 ケイジはマコトのネクタイの結び目に指を合わせてから、スーっと下まで滑らせた。ベルトのバックルを通り過ぎ、ジッパーの上までくると、親指と人差指でそっとつまんで、ジジジ、とほんの少しだけ下ろした。 マコトが身をよじってやっと逃げようとしたものの、その中身の形が変化しているのを、ごまかすことはできなかった。マコトはまた、切ない顔をする。 自力で立っていられるのが不思議なくらい、腰が引け足が震えてしまっていた。 それを確認したケイジはスーツと髪の毛を手早く整えて出入口のドアへ向かった。 「そこ、入った方が良んじゃない?誰かきたらびっくりしちゃうよ。じゃ、先行くね」 マコトは慌てて個室に入り、鍵を閉めた。 ケイジが出入り口のドアを開けると、入れ違いに鈴木が入ってきた。 「あ、赤城ぃ。あの子、隣の。いいの?俺さ、ちょっと、いきたいんだけど」 「ああ、あれね。僕ちょっと苦手で、ああいう子。だから、ぜんぜん」 「おし、良かった。あ、ねぇ、榛名来てる?」 「来たよ、指切ったって、さっき僕の絆創膏あげたよ。でもなんか腹痛いって、そこにいる」 と、個室を指さした。 「じゃ、僕先戻るね」 「うーす」 それからしばらくして二人も席に戻り、ひとまず一次会は終了した。 マコトの指を傷つけた、そのグラスを割った女をしっかりと確認し、ケイジはみんなと別れた。 マコトは二次会へ強制参加が常だ。今日も予定通り連行される。あと二時間以上は拘束されるだろう。 帰り道のケイジはすっかり機嫌が良くなっていた。また少しマコトが自分の方へ近づいたと感じたからだ。 「じれったいけど、ゆっくり調教していくのも、まあ、悪くないかもなぁ」 ケイジが一人で飲み直していると、ズボンのポケットでスマートフォンが震えた。   携帯電話  榛名 マコト 絶え間なく震えるスマートフォンの画面に浮かぶ名前を見て、笑いが止まらないケイジだった。 「まるでアイツそのものだな」 ケイジはそれを内ポケットに入れると、ブルブル震えるマコトを胸に抱き、今後の作戦を練っていた。 そういやアイツのネクタイ、 縛りやすそうな生地だったなぁ・・・ End
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