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思えば皮肉な話だ。
僕たちが義兄弟になったのは10年前の4月1日、あの日から丁度10年後の今日、また新たな記念日が作られる。
鏡の前に立つ創一は光沢のある白いタキシード姿だ。晴れ衣装を身に着けているというのに、創一の表情は死刑宣告を受けた罪人のように青白く、暗澹たる面持ちだ。
一方兄の後に立ち、鏡の中の暗い表情を見つめる弟、陽星の表情はこの世の春を満喫するかのような晴れやかな笑顔だ。会場外と同じく澄み渡るような青空を彷彿させる笑みである。
「晴れてよかったね」
創一が鏡の中で視線を上げ背後を一瞥する。弟の表情を見てまた顔を伏せる。
「そうだな」
返事は短く、か細い。いつもの堂々とした兄の声かと驚くほどだ。
憧れの兄のこんな姿を見たかったわけではないのに。だから、早くこの場から離れる為に、陽星は殊更明るく言った。
「兄さん、おめでとう」
びくりと、大袈裟な位、創一の肩が震える。
こうなる事は分かっていた事なのに。
出会った時から、分かっていた事ではないか。
「これからも大好きだよ」
これは嘘。
今日がエイプリルフールでよかった。
「陽星……オレは……オレも……」
陽星は振り返らずに控室を出ようと踵を返す。最後まで義兄の言葉を聞いていたくない、最高の笑顔を作ったというのに心の中では抗っている証拠だ。そんなの、認めたくないのに。
今日は10年前家族になった義兄の結婚式。
関係を持ったのは何年前?高校卒業の時だから4年前か。あの時から分かっていた。
いくら想っても家族以外にはなれない。
恋人になんてなれない、ましてや結婚なんて出来ないのだと。
既に許嫁がいた兄は苦悩した、それも知っていた。優しい母と義父に後ろめたさも感じていただろう。
割り切ればいいのにと、いつも陽星は思っていた。
どうせ、いくら考えてもいくら想い合っても変える事が出来ない関係なのだ、考えるのを止めればいいのに。
「陽星、逃げよう」
突然背後から抱きしめられた。
「結婚は止める、オレと……」
震える腕がしっかりと陽星を包む。
何を言っているんだろう、この男は。
腹立ちより哀れみが陽星の中に湧き上がる。
今日はエイプリルフール。
「はは、いいね、そうしよう」
腕が緩み、陽星は創一に向き合った。
息のかかる距離で見つめ合う、決死の覚悟をした男は今にも泣きそうな目で陽星を見下ろしていた。
そんな事、出来る訳ないのに。
「兄さん、大好きだよ」
両手を兄の胸に置き、思いっきり突き飛ばす。体格差があるから吹っ飛びはしないが、創一はよろめいた。きっと予想外だったのだろう。
「僕は逃げる準備をするね、バイバイ」
今日はエイプリルフール。
だけど、最後だけは本当。
「陽星!」
もう二度と貴方とは、家族とは会わないよ。
バイバイ、僕の初恋。
完
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