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それぞれの出会い
少女はある行動をとった。
ピーポー、ピーポー
「お父さん、救急車が来ます」
*どうやら、少女には救急車の音が聞こえたらしい。
「あなた、久美の様子が変です」
「どうした? さなえ。久美、どうした」
*少女は続けざまに父親に訴えかける。
「お父さん、救急車のが庭に来ているの……」
「ほら、音がするでしょ」
*父親は心配でたまらなかった。
「久美、大丈夫か? 救急車は来ていないぞ」
「夢を見ているんじゃないか?」
「違うの、ほら、そこに救急隊の人もいるでしょ」
*両親ははいてもたってもいられなかった。
「あなた、どうしましょう?」
「久美、しっかりするんだ」
「今から病院へ連れて行くから」
「だって、救急車が私を迎えに来ているじゃない」
「久美、しっかりしろ。さなえ、今からすぐ病院へ行こう」
「病院へ行くと言ってもどこへ行くのですか? あなた」
「そうだな。精神的に正常じゃない。近くの白木川総合病院へ行こう」
「はい」
*白木川総合病院の精神科にて、女医が診察をした。
「先生、久美はどうでしょうか?」
「そうですね、今も話をしていますが話がつながりませんし」
「独語、いわゆる、独り言を言ったりしています」
「幻聴や幻覚があるかもしれません」
「しばらく、入院した方がいいでしょう」
「わかりました、先生お願いします」
*所変わり、一方、福山医療機器開発株式会社にて
「鈴美さん。白木川総合病院への営業はどうなっているのかな?」
「はい」
「村原営業部長が只今、医療事務担当者の方とやりとりをしております」
「鈴美さん。今回、わが社が開発した新型MRIの営業は社長である私自ら営業に行くべきだと思う。そう思わないか?」
「そうですね、私もそう思います」
*どうやら、鈴美という者は社長の秘書らしい。
「じゃあ、村原君と鈴美さんと私で病院へ挨拶に行こう」
「鈴美さんは秘書として優秀で助かっているよ」
「今からもよろしく頼む」
「はい。ありがとうございます。社長」
*白木川総合病院にて
「ここか、やはり最近開設したばかりで建物も大きくきれいだな」
「村原君、各診療科には挨拶をしてきたのかな?」
「はい、ただ、精神科だけは関係がないと思いましていっておりません」
「駄目じゃないか、全ての診療科に挨拶にいかないと」
「申し訳ございません」
「よし、これから挨拶にいこう」
「はい」
「ここが解放病棟か」
「おや、向こうの廊下から少女が歩いて来るじゃないか」
*少女は挨拶に来た社長へ言葉をかけた。
「花束を落とされましたよ」
「社長、気っと患者さんですよ」
「花束はここには無いじゃないですか」
*社長は少女に気を使ったようだ。
「この花束は僕にですか」
「社長、相手にしない方がいいですよ」
「いいから、村原君」
「そうです、あなた様が落とされました」
「ありがとう、わざわざ拾ってくれたんだね」
「いえ、どういたしまして、それでは失礼します」
「社長、きっとあの少女は頭がおかしいんですよ」
「駄目だよ村原君、精神障がい者への偏見はいけない」
*鈴美という秘書は社長に同調した。
「そうです」
「村原営業部長」
「そうだよね」
「鈴美さん」
「はい」
*社長は営業を続けたいようだ。
「それじゃ、精神科へ向かうとしよう」
ピンポーン
ナースコールから看護師が現れた。
「はい、どうされましたか?」
「私どもは福山医療機器開発株式会社から仕事の挨拶でまいりました」
「社長の福山誠と申します」
*看護師は何かを思ったようだ。女医の下地に報告に行った。
「少々、お待ちください……」
「下地先生、下地先生……」
「どうしたの、田中さん慌てて」
「医療機器の会社の方が営業に見えられて……」
「ああ、忙しいんだから、あなたが適当に相手していて」
「それが、下地先生、社長が超イケメンなんです」
*女医の下地は社長の福山に興味を持ったようだ。
「あら、本当?」
「すぐにここに通してちょうだい」
「初めまして、福山医療機器開発株式会社、社長の福山誠と申します」
「今回はわが社での新型MRIの紹介をさせていただけないかと思いまして挨拶に参りました」
*どうやら、女医の下地は福山に好感を持ったようだ。
「まあ、素敵」
「ああ、言い遅れました」
「私はこの精神科の責任者の下地和美と申します」
「おばさんだけど、一応ここの女医になります」
「いえ、とんでもない。素敵な先生です」
*福山にとって、女医は単なる営業相手だ。
「まあ、社長はお世辞が上手なのね」
「早速、製品を紹介してください」
「私はこれでも内科との責任者とも仲がいいから私がプッシュしますよ」
「本当でしょうか? 下地先生?」
「そうよ」
「あ、勘違いしないでね」
「下心があるんじゃなくて」
「社長みたいに若くで頑張っている男性を応援したいだけ」
「それに、精神科と内科とは医療的に密接な関係もあるから」
「そうそう、よければ、今からランチに一緒に行かないかしら?」
「大勢で行くのもなんだから、私と社長でどうかしら?」
*福山は営業の一環として、下地と一緒にランチに行くことにした。
「ええ、喜んで……」
「ありがとうございます」
*下地は近くの洋食屋を案内した。
「ここが病院のすぐ近くのオープンしたばかりの洋食屋なの」
「私も初めて行くから楽しみ」
「それに、社長みたいな素敵な方と……」
*下地はイケメンの福山に一目ぼれをしたようだ。
「いえ、僕はそんなに大した男ではありませんよ」
「とんでもないです」
よろしいのでしょうか? 下地先生。
「私みたいなおばさんで」
*福山は社交辞令を言った。
「先ほども申し上げましたが素敵な方ですよ」
「まあ、社長ったら」
「ランチが終わったら、早速、製品を詳しく紹介してくださいね」
*下地はイケメンの福山に夢中だ。
「はい、ありがとうございます」
*福山医療機器開発株式会社にて
「鈴美さん、とてもうれしいんだけど困ったよ」
「どうやら……」
「わかりますよ。社長は素敵ですから」
「内科の責任者にも話を通してくれるからよかったじゃないですか」
*福山は多少なり不安があるようだ。
「ただ、嫌な予感がするんだよな」
「それに、なぜか、あの少女にも気になるんだけどね」
「ああ、あの廊下での花束の少女ですね」
「きっと幻覚があるんでしょう」
*福山は複雑な思いだった。
「そうだろうけど、僕も同じくらいの妹がいるからね」
「なんだか可哀そうでね」
「社長は優しいから」
*白木川総合病院にて、少女の久美は一人思う。何かの事情があるようだ。
お父さん、お母さん、ごめんなさい
久美は嘘をついているの
本当は救急車も見えていないし
演じていただけなの
だって、お父さん
お父さんの会社の今の経営状態が悪いでしょ
お父さんは私を法科大学院へ進学するようにすすめるけど
お金がいくらあっても足りないじゃない
私は心に病があることにするから、退院したら大学は辞めさせてね
嘘をついてごめんなさい
*翌日になって。福山は精神科に営業に行った。
「下地先生、下地先生」
「福山社長が見えられました。でも、診察の予約時間ですね」
*下地は診察より福山と過ごしたかった。
「ああ、田中さん患者さんの予約時間だけど、なんとかごまかしてちょうだい」
「大丈夫なのですか?」
「いいのよ、気にしないで」
*福山は営業を始めた。
「失礼します。先生、診察等でお忙しいのではないですか?」
「大丈夫よ、ちょうど、今の時間は休憩時間で設定してあるの」
「早速、打ち合わせをしましょう」
「それから、どうしようかしら」
「私が料理は下手なんだけど、お弁当を作ってきたの」
「よかったら、お昼に一緒に食べないかしら?」
*福山は仕事に過ぎなかったが……
「ええ、本当ですか?」
「ありがとうございます……」
*そこに久美が現れた。
「花束を落としましたよ」
「君はこの間の……」
「僕は福山というけど」
「私は松山久美と言います」
*下地はやきもちを焼いた。
「久美さん、どうしたの?」
「あら、大変、田中さん、久美さんがどうして診察室にいるの?」
「ちゃんと見守っていないといけないじゃない」
「そういえば、福ちゃんは久美さんを知っているの」
「ええ、初めて病院に来た時に同じように、実際にはない花束を僕に渡そうとして」
*下地は福山に言った。
「ああ、あれは幻覚で、病気だから気にしないで」
「もしかして、福ちゃんは久美さんのことが気になっているの」
*なれなれしくも、福山のことを福ちゃんと下地は言った。
「いえ……」
「そう、それならよかった」
「あ、今のは独り言よ」
「私は若い社長を応援しているだけだからね」
「わかってね」
*下地は下心でいっぱいだった。
*なぜ、久美はあるはずのない花束があると福山に言ったのだろうか?
*福山は話を合わせた。
「はい・・・」
「それより、下地先生。昨日のランチ代をやはりお返ししないと」
「駄目よ」
「私の好意だから、福ちゃんの財布が少し破れているわよ」
「そうそう、今日、仕事が終わったらデパートに行きましょう」
「私が社長に相応しい素敵な財布を買ってあげるから」
*福山は仕事のつきあいとはいえ、困ってしまった。
「いえ、それは……」
「私みたいおばさんみたいじゃ駄目なの」
「いえ、そんなことはありません……」
「ありがとうございます……」
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