出会い

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深い闇に包まれた街を見下ろす。 行き交う車のヘッドライトとテールランプ。 ネオンサインに無数の灯りがギラギラと輝く光がまるで街が生きている鼓動のように感じられ、死にたいと思っている俺とは真逆に思えて無性に腹立たしかった。 駅前から少し離れた雑居ビルの五階。 ビルから剥き出しになった非常用階段の鉄製手すりを掴み片足をかけた。 「ここから飛んだら、楽になって何か変わるかな……」 夏の訪れを感じさせる生ぬるい湿った風が俺の髪を激しくなびかせ、呟いた言葉をかき消していく。 こんなの生きていてもいいことなんてない。 もう疲れたんだ……。 死んだほうがきっとマシだ。 俺が死ぬ事で、いじめてた奴らはこのさき一生後悔しながら生きていけばいい。 醜い自己満足で、自分勝手な考えだって分かってるけど そう考えたら、なんだか少し気が楽になったような気がした。 手すりをぐっと握りしめるのに、なかなか勢いがつけられずにあと一歩が踏み出せない。 真下に目線を移すと、地面までの距離は約二十五メートルくらいあって想像していたより高く感じる。 高い所では下を見ると、恐怖で足が竦むってよく聞くけど、まさにその通りだと思った。 飛び降りれば一瞬で終わるのに、踏み出せばこの苦しみから逃れられるはずなのに……なんでだろう。 躊躇している自分がいる。 怖い。 怖くて怖くて仕方がない。 恐怖と緊張で息が上がり足が竦んで動けないし、手には異常なほど水分を含んでいる。 ゴクリと唾を飲み込んで、手すりを握り直そうと手を動かした瞬間、汗で滑ってそのまま体がグラリと傾いた。 怖い、死にたくない、嫌だと心の底から悲鳴に似た叫び声が上がった。 全身の血が逆流するような感覚に陥り必死の思いで足を踏ん張り手すりにしがみついて、なんとか転落するのを防いだ。 「はぁ、はぁ……」 心臓が激しく脈打ち身体中の血液がドクンドクンと音を立て震える手で額から吹き出す汗を拭った。 「なんだよ……俺、死にたくないんじゃん」 手すりから足を降ろし、手を離すとその場に座り込み膝を抱えた。 ガクガク震え出す自分に驚きを通り越して呆れてしまう。 戦うことも逃げることも自分を終わらせることも出来ない臆病者なんだと今更ながら痛感させられる。 本当にどうしようもない奴だな、俺って。 自嘲気味に笑っていると鼻の奥がツンと痛くなった。 バカみたい。 空を仰ぐと、雲の隙間から月明かりが降り注ぎ一筋の光が俺に差し込んだ。 それがあまりにも綺麗で、切なくて、胸が締め付けられるように苦しくなった。 死にたいなんて思うくせに、こうやって生きたいと願ってしまう自分が浅ましくて情けない。 「……誰か助けて」 そう小さく呟いた時、「おーい!」と下から声がした。 驚いて顔を上げ、声のした方を見ると階段下の踊り場で誰かがこちらに手を振っている。 月明かりが逆光になっていて顔はよく見えない。 でも声からして男だ。 カンカンと階段を駆け上がる音が近づいて来る。 誰……? 「おー、危なかったな。もう少しで落ちるとこだったけど大丈夫か?」 黒のパーカーにジーンズというラフな格好をしている男が俺に話しかけてきた。 「あ、いや……大丈夫です」 男が顔の見える位置まで近づいて来た時、俺の思考回路は一瞬停止した。 その顔があまりにも整ってたから。 切れ長の目、筋の通った高い鼻梁……薄い唇はどれをとっても完璧でこんな奴いるんだと感心するくらいだった。 飛び降りるのを止めてもなお心臓は激しく脈打っているし、足は震えていて力が入らない。 手は汗でびっしょり濡れていて気持ち悪いくて最悪なのに、そんな状況でも俺はこの男から目が離せなかった。
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