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そもそも、この恋が実ることはない。
俺の心の奥深くにある闇は未だ消え去ってはくれないし、響さんへの想いが大きくなってくるのに比例して、不安や恐怖も増していく。
いつかこの気持ちを抑えきれなくなった時に拒絶されたら?
そう考えるだけで怖くて堪らなかった。
俺はこれからどうするんだろ。
そんなことをぼんやりと考えていると、後ろの方から盛大な溜め息が聞こえて心臓が飛び跳ねた。
「優希、人の恋愛事情に首突っ込むなよ」
振り向くと、響さんがドアにもたれかかり呆れた顔でこっちを見ていた。
「響!いつからいたの?」
「さっき。お前らが楽しそうに話してっから入りづらかったんだよ」
こっちに歩み寄ってきて優希さんの頭を軽く小突く。
「いてっ、だって気になるじゃん」
優希さんは大袈裟に頭を押さえながら響さんを軽く睨んだ。
「お前が気にすることじゃねぇだろ」
「えー!響だって気になるだろ?」
「別に」
響さんは素っ気なく答え、俺の前に腰を下ろした。
「うそだ!」
優希さんがテーブルから身を乗り出して、響さんの顔に自分の顔を近づける。
響さんは迷惑そうに顔を歪め、優希さんの顔を押し退けた。
「あーうるせぇ」
「俺は可愛い司くんの恋を応援したいの!」
優希さんが目を輝かせながら俺を見つめ、響さんは適当に相づちを打つと煙草に火をつけた。
「だから、居ないです!」
「えー、でもさっき間があったじゃん!本当にいないのかなっ?」
俺の反応を見て優希さんがまた疑いの目を向けてくるので、慌てて首を縦にふる。
「おい、何が応援だ。からかうのもいい加減にしろよ。こいつ困ってんだろ」
「えぇー?」
優希さんは不服そうな顔をしていたが渋々といった感じで諦めてくれたようでホッと胸を撫で下ろした。
「ごめんね司くん。つい調子に乗りすぎちゃって」
「いえ……大丈夫です」
響さんの助け船に感謝しながら、苦笑いで応えお茶を啜った。
「あ、優希。大城さんがさっき探してたぞ」
「え、マジ?ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるねー」
優希さんはソファから立ち上がると、ひらひら手を振りながら休憩スペースを出ていった。
「お前、優希に気に入られたな」
響さんが煙草の煙を吐き出しながら、おかしそうに笑う。
「そう……なんですかね?」
「あぁ、あいつ気に入った奴ほど絡むからな」
確かに。
でもあれはただ面白がってるだけな気がする。
優希さんがいなくなって急に静かになった空間で俺は緊張していた。
好きだと自覚してから二人きりになるのを避けてたから胸がドキドキして落ち着かない。
この気持ちに気付かれないようにしないと。
響さんは特に気にした様子もなく、いつものように煙草を灰皿に押し付け、テーブルに置いてあった雑誌に手を伸ばした。
「優希の相手も大変だろ?」
「え?」
「あいつ、しつこいから」
響さんは小さく溜め息をつき、ソファの背もたれに寄りかかった。
確かにしつこい時がある。
でも、人懐っこい所がどこか人を惹きつける力があって一緒にいると楽しい気分になる。
「確かにそうですね。でも優希さんと話すの楽しいですよ」
へぇ、と呟くと響さんはふっと微笑んだ。
最近の響さんは前よりも笑うようになった気がする。
それは俺に対して気を許してくれたってことなんだろうか。
そうだったら嬉しいけど、自惚れてるだけだったら痛いやつだな。
そんなことをぼんやりと考えていると、響さんは雑誌を閉じて、スマホを弄り始めた。
俺はその様子を眺めながら、さっき優希さんに見せてもらった写真を思い出した。
俺もいつかあんな風に響さんと……と想像して顔から火が出るほど恥ずかしくなり、慌てて頭からその妄想を振り払う。
「あ?なんだよ」
俺の視線に気づいたのか響さんがスマホから顔を上げて首を傾げた。
「い、いえ……別に何も」
まさか、あなたの隣に俺を並べて妄想してましたなんて言えるはずもなく口ごもっていると、怪訝そうな顔で響さんが俺を見つめてきた。
「は?お前最近ちょっと変じゃねぇ?」
「そ、そうですかね……」
「あ、そ。まぁいいけど」
興味をなくしたようにスマホに視線を落とした響さんに、俺はほっと胸を撫で下ろした。
一人で勝手に妄想して赤くなるなんて……。
意識しないようにすればするほど意識して余計に鼓動が早くなる。
それきり会話がなくなってしまい、また静けさが漂う。
何か話しかけた方いいのかな……。
子猫を拾った話は、響さんの性格からして聞かれたくなさそうだったからあえて触れずにいたけど、今聞くべきなのか……。
あーでもないこーでもないと考えていると不意に響さんが口を開いた。
「なぁ、お前ここに居て楽しいのか?若い奴は友達とかと遊ぶ方がいいんじゃねぇの?」
「え?あ、友達とはいつでも話せますし、今は響さんたちと居るのが俺、凄く楽しいんで!」
二人とも大人で俺の知らない世界を沢山知っていて話すのがとても楽しい。
それに……響さんともっと一緒に居たいと思うから。
だから、俺はこの時間が大好きだ。
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