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「なに、もしかして自殺志願者なわけ?……この高さから落ちたら死ぬだろー」
フワフワした口調で話す男は俺の隣に来てしゃがみ込んだ。
「……そう」
「へぇ。ここ、自殺の名所?」
「知らない」
「じゃあ何でここ?なんか思い入れとかあんの?」
「別に。ここから飛んだら楽になるかなと思っただけ。理由なんてないよ」
そう答えると男は一瞬驚いたような顔をしてすぐに表情を戻した。
なんなんだこの人。
疑いの眼差しで見ていても気に止める様子もない。
初対面なのに質問攻めしてくるし、妙に明るく平然としているからこっちも調子が狂って素直に答えてしまっていた。
「ふーん……楽になる、か」
男は手すりに背を預け空を見上げる。
強く吹く風が男の少しクセある柔らかそうな黒髪を揺らし、月光で淡く輝き綺麗に見えた。
その横顔をじっと見つめていたら視線に気づいたのか俺の方を向いたので思わず目を逸らしてしまった。
「月も綺麗だけど、星も結構見えるんだな」
男は空を見上げながら独り言のように呟いた。
「はぁ……」
俺は気の抜けたような返事をして同じように空を見上げる。
この人は一体何なんだろう。
何しに来たんだろう。
不審がる俺を他所に男はポケットから煙草を取り出し火をつけ口に咥えると煙を吐き出すと同時に口を開いた。
「……で?死ぬの?」
急に俺の方を向き直って聞いてきたので少し驚いて男の方に顔を向けると目が合った。
「…死にたいなら止めねぇけど。お前、生きたかったんじゃないの?」
その言葉に胸がギュッと締めつけられてた。
俺は死にたくなかった。
でも死にたいと思ってたのも事実で……なんでこの人に分かったんだろう?
「……どうしてそう思うんですか?」
「ん?見てたから」
「見てた……?」
首を傾げると男は「おぉ」と言って目を細めた。
「そこからずっと見てた。飛び降りるのかなと思って」
吸いかけの煙草を指に挟み紫煙を燻らせ何かを考える素振りをする。
「まぁ、何があったか知らねぇけど、死ぬのやめれば?」
「え?」
驚いて目を見開く俺に男は細く長い息を吐いた後、ふっと右の口角をあげた。
「動かないまま足ずっと震えてたし、飛び降りるの躊躇ってただろ」
「それは……」
思わず口籠もる俺を見て男は小さく息を吐いた。
見られていたことと、死ぬ覚悟がなかったことを指摘され恥ずかしさと惨めさが入り交じり、顔が一気に熱くなるのが分かった。
早くこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。
「自分を諦めんなよ」
男の言葉にどくんと心臓が跳ね上がり息が止まりそうになった。
何も知らないくせに、知ったような口聞きやがって。
男の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「っ……お前に何が分かるんだよ」
自分でも驚くくらい低く、くぐもった声が出た。
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