世界は灰色

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世界は灰色

いつからだろう。 自分が変だと気付いてしまったのは。 きっかけなんて覚えてないけど、中学生のころ周りの男子が女子を可愛いとか好きとか言ってるのを見て、俺はそう思えなかった。 別に女の子が嫌いなわけじゃない。 ただ、性の対象として見ることができなくて、目で追うのはいつだって自分と同じ性別の男。 それがおかしいんだと気付くまでにそう時間はかからなかった。 そういう対象が同性なんだって分かった時は戸惑ったし不安だった。 普通の恋愛はできない、異性を愛することができないのはおかしいんだって自分自身を認められず、怖くてたまらなかった。 ……この想いは誰にも知られちゃいけない。 周りに気付かれないように隠かくして、誰かに打ち明ける勇気もなく嫌悪感だけを募られたまま、ただ黙って自分の心の奥底に押し込んだ。 高校に上がってからは、ますます周りは女子をそういう目で見るようになって、いつ知られてしまうかと俺は毎日怯えていた。 だから、普通を装って自分も周りも誤魔化して生きてたのに、高校二年の時にふとしたきっかけで生じた綻びは一瞬で俺を孤立させた。 「なぁ、望月(もちづき)ってホモらしいぜ」 「え?まじで?」 「なんかさ、男しか好きになれないんだって」 「うわー、きもっ」 初めは心ない言葉が耳に入るたびに黒板のスクラッチ音のように耳を塞ぎたくなるほど苦痛だった。 それに、反応したら周りは面白がり余計に喜ばせるだけだと分かってからは囁かれる陰口を無心でやり過ごした。 嫌なことは何も考えなければ通り過ぎていくはずだったのに。 それが逆に悪かったのか、無反応なのが面白くないと思ったのか、ある日から教科書や靴が無くなったり、すれ違うだけで机を蹴られたりと嫌がらせが始まった。 いじめの標的になって俺の心はじわじわ蝕まれ、疲弊していく。 自分がおかしい、気持悪い、普通じゃない。 だから抵抗も、我慢も、諦めも仕方ない。 そんな思いが頭の中をぐるぐると支配し、息が詰まりそうなほど苦しくなった。 知られてない時は、普通に接してたのに知られた瞬間から受け入れてもらえない。 気持ち悪いと罵られ、周りから孤立し、次第に誰かを信じることができなくなっていく。 でも……それでも、心のどこかで誰かに受け入れてほしいと思っていたのかもしれない。 人に受け入れてもらえないことがこんなに辛いなんて知らなかったから。 俺はただ、普通でいたかったのに……。 誰にも相談しなかった。 相談したところで、先生は気付いていても見て見ぬ振りをして助けてくれない。 親にだって心配させたくなくて言えない。 そんな感情が入り乱れては消え去り、毎日ただ息をして生きているだけ。 毎晩、眠りにつく前に地球が滅べばいいと思って目を閉じる。 でも翌朝になれば、そんな簡単に世界が滅びてくれるほど現実は甘くないことに絶望した。 テレビから流れる多様性を認めるべきだという風潮とは裏腹に、学校社会ではいまだに異質な存在ははじき出され淘汰される。 何が、みんな違ってみんないいだ。 ふざけんな。そんな言葉、聞き飽きた。 そんな考えなら、なんでいじめられなきゃいけないんだよ。 心の中で呟く悪態を声に出して言えたらいいのに……。 俺という存在がこの世界から否定されて、すべてが無意味に思えた。 ただ生きているだけの人生は何の意味があるんだろ? 俺は何のために生まれてきたんだろう。 普通になりたい……どうすればなれるんだろう。 もう嫌だ。 この地獄から解放されたい。 そう願い続けても、臆病な俺は誰かに助けてもらいたいなんて都合のいいことばっかり考えているこんな自分が嫌だった。 いっそのこと、自分なんていなくなってしまったら楽になれるのかな……。 「行ってきます」と母さんに声をかけ家を出た。 今日もまた憂鬱な一日が始まるのかと思うと足取りが鉛のように重い。 ふと見上げた梅雨空は、どんよりと重苦しい厚い雲で覆われ、今にも雨が降り出しそうに空気も湿っぽく淀んでいた。 あぁ、今日も俺の世界は灰色だ。 俺の居場所はあるのかな……。
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