引っ越しの朝に

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「お握りさ 忘れず たがえて(持って) けよ」 「母さん ありがと 中身は?」 「梅漬け(梅干し)と たらの子(タラコ)と ぼたっこ(塩ジャケ)と 昆布の佃煮っことだ」 「四つも要らねぇって けねえ(食べられない)って」 「昼も()ったら ええでしょ(良いでしょう)」 「上野からまた 電車さ乗るんだべった」  進学のために 都会に引っ越す日の 朝早く  家具や 電化製品は 向こうで 揃えるとして 当面の着替えと 真新しいスーツと 身の回りの物とを詰めた スーツケースを持って 故郷を後にする  朝は時間が無いから 途中で何か買うと 言ったのに 母は早起きして お握りを握ってくれた 「海苔っこなば() 巻いとぐとよ まま(ご飯)さ わりく(悪く) なるからして 自分で巻いで(食べなさい)な」  炊き立てのご飯を 握ってくれた母の手は 熱で真っ赤だった。その手に 「上野じゃ無くて東京から」 とも 「あっちの電車の中では お握りは 食べられないけど」 とも 言えなかった 「母さん ありがとな アパート着いても なぁんもねべし(無いから) ままこっしゃえ(食事の準備)も 無理だしな おか(とても)助かる」 「盆っこさ(お盆には) こっちゃ (こっちに) けぇるだか(帰るの)?」 「盆っこさ こっちゃ けぇるだでよ まめでな(元気でね)」 「へばよ(じゃあね) うんめぇもん(美味しい物) おか(たくさん)こっしゃえて(作って) 待ってるべぇな 頑張れよ」  母さん いつも ありがとな
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