1章 18年後の"彼ら"

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2話 少年たちの「日常」 其の二  そうこう考えるうちに、市民図書館へ着いた。 着いてみれば10時には30分早かった。 先にグループ学習室を予約して、課題を進めよう。 その時、ふと今月の雑誌コーナーに科学誌が見えた。 手に取ると、表紙にが存在する。 そっと翔作に見つからないよう、別の本の裏側へ隠した。  グループ学習室へ入って先に進めること30分後。 「お待たせ、時間ちょうどに到着! ささぁ、ぱっとやろう、今年は居残り回避だ」 翔作はグループ学習室に入ってきた。 彼は痩身で背が高い割に筋肉質だ。 部活には入ってないが運動神経は高く、大雑把で向こう見ずながら豪放磊落で明るい性格もあって男女問わず人気が高い。 彼との仲は小学校の2年の頃、寿々木家が一家で埼玉から府中に引っ越してきて以来だ。  僕は学校という場所が嫌いだった。 「学校」と名付けられた箱庭。 先生の言うことは正しいこととされ、さも当たり前のように生徒もそれを享受する。  - キ モ チ ワ ル イ - その光景に、子供心に忌避感を感じていた。 それは僕が自分の疑念を抱きがちな気質も相まって、そうであっても一人の人がすべて正しいと思わなかった。 否……もっと言うならば、学校の光景を洗脳と感じていた。 むしろ、それ以外に見えなかった。 先生の言葉は没個性化をする訓練のように感じ、自己を麻痺させていると無意識に感じていたからだ。 今思えばなんともませた、生意気なガキだったことだろう。  ひとつ、思い出す経験が僕にはある。 幼稚園の時も、小学校へ入ってすぐに先生は 「人と違ってもいい。間違っていてもいい自由に発言しましょう」 と眩しい笑顔で言っていた。 だからその通り、不思議と思ったことをやってみたり、言ってみたりした。 すると眩しい笑顔の時とは一転。 「どうしてこんなこと言う・するのですか」 と冷水のような言葉を浴びせられる。 僕からすれば、言われたように自由に考えるがままにしただけだ。 なので、返答した。 「先生の言うよう、人と違うことをしたのですが、何故怒るのですか」 当然、先生は目の前の生意気な子供により一層怒る。 怒るのはいいが、僕の望む最適解 『人と違う回答を是としながら、いざそれをすると怒る理由』なぞ、決して提示してくれはしなかった。  いや、示せる人間であったならば。 恐らく教師という、『量産化した子供を指導要領という効率的なマニュアル』に沿って社会に出荷する職など選ばないだろう。 よしんば、示せたとしても"子供に理解できるわけない"という思い込みと、一種の傲慢さから説明などはしないだろう。 教師とは、世の中に疑問なんか持たず、なにも見ずに、目を耳を塞いで生きてきた人種の成れの果てと僕は思ってしまった。 無論、そうなりたくなくても、なってしまった人間たちかもしれない。 朱に交われば赤くなる。綺麗な水に、汚水が一滴混じればそれは飲めなくなるように、濁りきった大人なのかもしれない。  なので教師はいつでも裏付けのない空虚な 『ダメなものはダメ。危ないからダメ。周囲の迷惑だからダメ』 という答えを提示した。 終ぞ僕が納得する答えを得ることもなかった。  今思えば、僕からはみ出し者としての個を除去して、"矯正"しようとしていたのだろう。 学校における自分とは、なんだったのだろうか。 こうして僕は自分が自分でなくなりそうな学校なんて場所が嫌いになった。  学校が嫌いで行くのも厭になったそんな頃。 翔作と出会った。出会ってしまった……。 桜の蕾を見ながら、対照的に僕の心は萎んでゆく思いで席に着いたことをよく覚えている。  直後、大胆な勢いで入っては豪快に自分の漢字を間違えて自己紹介する、変な転校生が現れた。 「寿々木翔作、です!よろしくぅ!」 声を発する後ろでしめやかに間違っていた『寿々木』の文字の漢字ミスを直す。 急に水で打たれたような衝撃。 自己紹介を忘れろと言われても難しい。  何より転校初日から彼は僕とやたらと会話をしたがった。 養子であることと体格が小柄だったこと、そして言うとおりのはみ出し者であること。 これらが相重なっていじめの対象だった僕に、翔作は何故か来る日も来る日も積極的に絡んできた。 僕は当初、手先が器用なこと位しか自覚する取り柄がなかった。 対して自分に持ってないものばかりだった翔作。 きっと自分と無縁な世界の人間で関わることもないだろう……と勝手に決め付けていた。  しかし、彼は逆に自分と真反対である僕をよく見ていた。 なぜかコンプレックスと憧憬を抱いていた一方、独特かつ浮いたキャラクタで、お互いアウトローであることを自覚していた。 そして同じアウトロー気質から共感を、勝手かつ一方的に感じ取ったらしい。 そのせいかやたら仲良くしてくれた。  当初こそ、眩しい太陽のような男は鬱陶しく感じ避けていた。 しかし僕がいじめられていたら、積極的に助ける、そんな風のように爽やかな見た目に反する友情に篤い燃える魂の持ち主だった。 そんなことが幾度となく続いたせいで、気づくとひっきりなしに一緒にいる間柄になってしまっていた。  ただこの男。 一方でお調子者の面もあり、図に乗りすぎると失敗する性格でもあった。 「向こうみずが服着て歩いてる」 そんな表現が的確だ。 しかもタチが悪いことに、良くも悪くもポジティブなのだ。 彼一人で立てた計画はボロが出やすい。 彼の計画に乗っかって、痛い目をみたことは少なく……ない。 それにも懲りずに、相性の良かった僕らは二人で馬鹿をし続けた。 ……そして沢山怒られた。 また今年も翔作と二人で怒られる一年が始まるなか、桜の蕾を眺めながら内心の期待も膨らんでいく。 そんな風に毎年思うことが、僕の春先の定番となった。 そんな縁は、小中高と同じ学校へ進学してもずっと続いて今に至る。
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