まじょはどこいった?

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

まじょはどこいった?

 魔女が引っ越した。  変わり者だからと皆が嫌っていた、山の上に住む魔女が引っ越しをした。  清々する、と喜んでいた牛飼いのお隣さんに、あの魔女は何をしたのか聞いてみた。あの魔女は「魔女が住む村、というだけで辛気くさくなるから」と、嫌われていたのだそうだ。魔女が村に来るのは年に一度くらいだったけれど、それでもダメなものはダメらしい。  教会の神父様は、魔女の魔法は悪魔の悪い罠なのだと言っていた。  私の両親は病で亡くなったが、魔女の薬は病の苦しみを唯一和らげてくれた。病は進行が速く、食い止める術はないと医者も魔女も言っていた。魔女は薬の作り方を教えてくれただけだった。薬を必死に作るのは、私だった。  医者は診察料を取るばかりで、何も教えてくれなかった。病の名前もわからなかった。魔女の薬のレシピは、神父様に燃やされてしまった。魔女の薬を当てにしてはいけない、と。魔女なんかの薬がないために、両親が死んだのならそれは生けるものの寿命だ、と言った。誰も、最期まで誰も、父も母も助けてはくれなかった。母は血を吐きながら涙を流し、私に何度も謝りながら眠った。  その後、しばらく私は羊飼いの幼なじみの家に住まわせてもらっていたが、やがて親戚の叔母に貰われることとなった。叔母の家は山を三つ越えたところにある、賑やかな街にあった。  街に馴染むのに一ヶ月、学校に馴染むのに三ヶ月ほどかかったところで、叔母さんが時々、ムスッとしたような顔をするようになった。何事かと思い聞いてみると、魔女が近くの森に引っ越してきたという。どうやら、あの山の上に住んでいた魔女らしい。元々は子どもがいなくなる森だとか聞いていたが、おれは魔女が攫っていたからだと噂話が変化していった。街は魔女の噂が絶えなかったが、賑やかなままだった。  その頃から時々、私は叔母に頼まれて、森を抜けておつかいに行くことがあった。そこで時々、魔女が攫ったらしい子どもに出会った。あるときは「パパとママとはぐれてしまった」と泣いていた。一緒に街へ帰ろうと私が声をかけると、一層大きな声でまた泣いた。 「だって、街へ帰ろうって言ってくれる人は、魔女の使いなんでしょう?ついていってはいけないと、言われているんだもの」  そうこうしていたら、今度は本物の、魔女の遣いの子どもが来るのだ。帰れないと泣く子に、ならばうちへ来るかと訊ねる。街の子の私より知らないその子の方が、パパの言いつけ通りの信頼できる言葉をくれたからというだけで、その子は森の奥へと行ってしまった。その子も魔女の子も、私に一緒に行こうとは言ってくれなかった。  街に帰るとその日のうちに「あの子は魔女に攫われた」と言われるようになっていった。日が暮れるまで探し回っていたらしい、あの子の両親は嬉しそうに泣いていた。  私が学校に慣れてから、また三ヶ月ほど経った頃。あの泣いていた子の幼なじみの男の子が、あの子のために友だちと森に入ったと大騒ぎになった。魔女が怖い、森が怖いと言っていたらしい、あの子を助けるために。その子は、羊飼いの幼なじみとは似ていなかった。  そんな男の子たちを探しに、大人たちも森に入って大捜索になった。あちこち探してようやく見つけ出した魔女の家に、大人たちは迷いなく火をつけたという。 「子供攫いの魔女なんていなくなれ!」  私は留守番をしていたから、後から噂話を聞くばかりだった。それによれば、魔女の家に魔女はおらず、火をつけた後には子供の焼けた死体ばかりが転がっていたらしい。魔女が攫った子どもたちを、身代わりにしたのだろうという話で持ちきりだった。その中に、あの子はいたのだろうか。そんな話はついぞ聞けなかった。  魔女の家を燃やしてしばらくすると、魔女が街にやってこなくなった。家が焼けたから、どこかへ逃げてしまったのだろうと皆が思っていた。私は一度も魔女が街に来たところを見ることはできなかった。魔女が引っ越した、と噂が広まってしばらくすると、叔母さんは私に、あのおつかいを頼まなくなってしまった。私も、あの光になってついていくべきだったのに。  ここからは、誰にも話していない話になる。  ある夜、月の綺麗なある夜に、私は月に向かって飛んでいく魔女を見たのだ。大きな黒い帽子に、黒いドレス。月明かりで色が分からなかっただけかもしれないが、魔女らしい真っ黒な格好をしていた。  そして、その魔女の箒に、小さな光がいくつも跳ねるようについていった。その光はあの子のようにも見えた。どうやら私の知っている子も、あんまり知らない子も、光になってついていったらしい。あの幼なじみはいただろうか。いないのだろう。魔女はまた、引っ越したのだ。あんなに焼けた家では、さすがの魔女でも住めるはずがないから。  私は、窓を開けて光に手を伸ばした。それから、下を見た。二階の部屋から地面は少し近く見える。私は窓を閉じた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!