3、声

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その日の夕方、カケルは帰って火を灯すと、私が着ていた麻のずた袋の裾を捲って言った。 「アマ。オメェ太ったんじゃねぇか?」 「そうなんだよ。オレ、ハラだけが少しずつ太ってる。」今から思えばお腹が微かに膨らんでいる4ヶ月だった。 カケルの手が私のお腹に触れた。その瞬間、私はヒカルに言った。「蹴ってやれ!」 「うわっ!オメェよ〜、腹にガキがいるんだよ。動いているじゃねぇか!気がつかなかったのか?」 「知るかよ。そんなの。」 カケルは声を上げて泣き出した。 「なに泣いてんだよ!面倒臭いなら放り出してくれ!」と私は期待を込めて言った。だが、カケルから返って来たのは意外な言葉だった。 「絶対放り出したりしない。オレは長生きすることに決めた。そのアマの腹の子が大人になるまで……こんなオレが、こんなに幸せになっていいのか。オレの子が今、オメェの腹にいるなんて……。」そう言いながら、カケルは暫く泣いていた。 それからは、毎日上に乗ってくることは無くなった。私のお腹もヒカルの成長に伴って、どんどん大きくなっていったから、流石のカケルもできなくなっていたのかもしれない。 「名前。オレが、もうつけたから。ヒカルな。」と私が言っても、カケルはニコニコするだけ。本当に幸せそうに微笑んでいた。 カケルは優しい夫だった。私を無理やり抱いた初めての時は拳で殴ったりビンタしたけれど、私が大人しく抱かれてさえいれば暴力は振るわない。 私はカケルが必ず持って帰る獲物を食べて飢えたこともなかった。 カケルと私の暮らしは、私がほとんど黙ってしまうと穏やかな日々の繋がりとなった。 私のお腹はさらに大きくなり、私はヒカルに生まれてから1年は話さないように。歩くのもカケルがいる時はダメだと人間のふりをする教育を昼間にした。 人間に対して持っていた私の知識も少なく、村にいなくてよかったと思った。 出産が近いと思われる頃、カケルは保存食の干物や漬物を持って村に行った。年嵩の女に出産について聞いてくるという。 前の妻を出産で亡くしていたので、カケルは、凄く出産を恐れていた。 私も子も絶対に死なない。分かっていたけれど説明するのが面倒でカケルがしたいようにさせた。 カケルが私と子供のことを心配している。それは、少し嬉しかった。
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