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10、旅の終わり
ヒカルから、母親に連絡が入った。
西の方向の川に父親がいるという。
「元の姿に戻って、そこで待て。すぐに行く。」とヒカルに指示を出すと陽は飛翔スピードを上げた。
そこに辿り着くと、小さなヒカルが大声で泣いていた。
カケルはといえば、そんなヒカルを見つめていた。身体中に矢が刺さって下半身は浅い川に浸かっていた。カケルも血だらけで、川の水も赤く染まりながら流れていた。
陽は黙ってヒカルに近づいた。ヒカルと手を繋いだ。
ただ、黙ってカケルという人間が死んでいくのを見ていた。
もう、話すこともできないだろうと思っていたカケルが声を出した。
「アマ、子供達を……頼む……お前は強い…おんなだから……できる。オレは……寿命……」
私は決めていた。
カケルが死んだら高天原に帰る。カケルが死んだら高天原に帰る。カケルが死んだら帰る!カケルが死んだら……
何故だか分からない。私はカケルに近づいて言ってしまった。
「私と一緒に私の国に来るか?」
カケルは薄く笑うと「家族は一緒の方がいい……」と答えた。
私は、カケルの右の二の腕を掴んだ。カケルの本体は「空の色をした青い髪、そして見た目が美しい男」だった。
ヒカルに「“肉の衣“を脱ぐのだ。」と言い、私も自分の衣を脱いだ。
水に浸かったカケルの死体、側には妊婦の死体、2歳の子供の死体。我らの脱ぎ捨てた衣。
大きなお腹でヒカルの手を引いて、カケルの腕を掴んだまま我は高天原の引きによって帰還した。お腹の子は衣を脱いでも動いていた。この子も人間ではなかった。安心した。
王宮から飛び出してきた穂月。そして私の女官たち。
穂月は泣いていた。後にも先にも穂月の本気の泣き顔を見たのはこの時だけだった。
我は、我の身仕舞いを整える役目にウリを指名した。
ヒカル、カケル共に別々の者達に身仕舞いを整えるように命じた。
我は湯に浸かり、汚れた身体をウリに洗ってもらった。
「ウリ。我は、其方が生まれ育った地獄を知ったぞ。なのに其方は美しく強い気を持っていた。何故だ?」
「地獄?いいところではありませんでしたが、その中で自分のお役目を果たしていただけのこと。お役目。そう、お役目です。人間は生きて学ぶ者。そう仰ったのは陛下ではありませぬか。私は、此処に来る前、10年ほど前まで人間というお役目の中で学んでいたのです。」
「お役目。」は仕事だ。
仕事は大事なものだ。人間の賃金労働という仕事だけではない。生きるという全ての活動がお役目なのだ。
知った気でいるのと知ることは違う。
あの6年で私が知ったことは山のようにある。
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