12、美穂の王子さま

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12、美穂の王子さま

早川美穂は、夫、光の遺影の前で、只ひたすら泣いていた。 その悲しみが癒える日が来るとは、美穂には到底思えなかった。 何時ものように朝、出勤していった夫。次に会った時には骸になっていた夫。 光は正に美穂の王子さまだった。 美穂は、明らかに普通にも届かない自分の容姿を呪っていた。子供の頃からずっと。 父は、大手都銀のエリート銀行マン。母はレースクイーンもしていた有名大のミスキャンパス。 なのに、残念な事に美穂は父そっくりだった。父は醜男だ。 美穂の父は頭が良くて、人柄も良くて気配りもできるから、銀行の仕事で大口の取引をまとめるのが得意だった。 全国の支店の中でも営業成績はトップクラス。そして、同期一番乗りで支店長になり、異例の若さで役員になった。 美穂は容姿は父に、頭は母に似た。マイナス×マイナスは、プラスにはならない。現実の算数は残酷だ。 美穂は更に母の母校を受験し、それにも落ちた。一応、女子大と呼べる大学にしか受からなかった。 周りの女子学生から、合コンに誘われても「笑いもの」にされるとしか思わなかった。いつも、下を向いていた。 大学を卒業すると周りの女友達は、恋愛をし結婚をしていった。みんなが幸せそうで美穂は羨ましくて仕方なかった。 美穂は大学卒業後、父の銀行が融資している中規模商社にコネで入社し総務部に配属された。 なんだろう。総務という仕事はお手伝いさんみたいだと美穂は思った。社員みんなが気持ちよく仕事ができるようにサポートする仕事。 自分には合っていると思った。 どんなに頑張っても私は「お姫様」にはなれない。会社の同僚も女友達の彼氏の友達も「美穂ちゃんは良い子だね。」いと言っては下さるけど、誰からもお茶にも誘われたことはない。 「やっぱり、女は容姿よ。」と美穂は呟いていた。それでも何故か「整形」は頭に浮かばなかった。父そっくりのこの顔が、とても大事なものだとさえ思っていた。それは父を尊敬し愛していたからだ。整形をしたら父を否定する事になる。 美穂の父は何時も言う。 「美穂の良さが分からない男なんて碌な男じゃない。お父さんが美穂の王子さまを探してくるよ。」 美穂は、毎年一つずつ年を重ねていった。29歳になっても王子様は現れなかった。同じころ、愛し合って幸せな結婚をした筈の友人達の何人かは離婚した。離婚してなくても夫の浮気で悩んでいる人もいた。子供が授からず苦しんでいる人もいた。ギャンブル依存や浪費で生活が破綻したカップルもいた。 結婚したからと言って自動的に幸せにはならないと美穂は気がついた。
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