3人が本棚に入れています
本棚に追加
15、小さな家族
アオイは裁断の前日に高天原に戻ってきてから、普通に王の間で陽と一緒に寝ていた。
裁断の進め方についてお互いに確認をする必要もなかった。女王は、その程度のことは経験で分かっている。ヒカルは放っておいても、その役割を果たすだろう。桃花は盤面の全部が読めている。恐らくカケルも読めている。自分は証拠というアリバイを作るために赤国に行った。
カイトは、アオイが描いたシナリオを話し、根拠を説明したら、これも「上策ですね。」としか言わなかった。
アオイの真意は全員が「罪なき者」だと思っていた。
裁断前日から、当日、それ以降も、アオイも女王も裁断については話題にしなかった。
毎日のルーティーンをしていただけであった。
新月が近づいた夜、陽がアオイに言った。
「新月の前の晩、ヒカルと我も青の離宮に泊まっても良いだろうか。」
アオイは、女王はそう言うだろうと思っていた。だから、用意していた言葉を返した。
「いいんじゃない?処刑前日だもの。これで2度と会えなくなる。罪悪感を抱えないためにも行った方がいい。」
女王は、どこか寂しげな微笑みをして「ありがとう」とだけ言った。
考えてみれば、縄文の最後の夜、桃花はお腹の中だったのだ。
縄文時代の小さな家族にとって、初めての親子4人の夜が最後の家族の夜になるのだ。
アオイは陽の自分勝手で自己愛が強くプライドが高いところも含めて愛していた。愛している相手を自分の感情で縛るのは違うという信念も持っていた。だから24年も待った。
「愛」というものは感情ではない。
売買取引のような相互的な搾取の中には絶対に存在し得ない。金銭的、精神的共依存も愛ではない。
「愛」を定義するのであれば、自立した個同士でなければ「愛」は成立しない。
「愛」
この垂れ流しの言葉の正体を感情だけで発するから「嘘ばかり」になる。
「愛」とは「命」と等しい深い概念を持った重い言葉なのだ。
アオイは、精神科医として沢山の人間の人生を知った。医師として患者の発する言葉の裏にある嘘も見抜けるようになった。
その嘘は、自己防衛のために無自覚的に発せられていた。
人間の大多数が「愛溢れる自分、被害者の自分」を演出するために、この言葉を利用しているのは若い頃から分かっていた。
自分が損をしてでも譲るところは譲る。そうでないと人間関係は持たない。
でも、自分の自我は絶対に譲ってはならない。その強い心を持つもの同士だけが、持てる関係性が「本物の愛」だとアオイは確信していた。
最初のコメントを投稿しよう!