3、声

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腹の子はお喋りで毎日質問をしてきた。 「あなたの声と時たま低い声が聞こえます。他にも誰かいるのですか?」 「お前の父親がいる。人間というものだ。我らはそうではない。だから、其方が我の腹の中でも話ができる。人間の腹の子は腹の中から話はできない。」 「父親って何ですか?」 「父と母がいないと子はできない。お前は我ら2人の子供ということだ。」 腹の子は、声を発する前から言葉を聞いて学んでいた。「ここ、どこ」から直ぐに会話が成り立った。 「暗いのは嫌です。つまらないし寂しい。今は母上の中だと分かったので寂しくはないです。」 暗闇の中に閉じ込められた私は、お腹の子と話すのが日々の唯一の楽しみになった。 カケルは夕方になると帰ってくる。カケルは1人で喋っていた。私は「女房にされた日」から殆どカケルには口を利かなかった。黙々とカケルが作る飯を食い、毎晩自分の上に乗ってくるカケルに呆れていた。私も穢れについて無知で、カケルも同じように無知だった。 最初の穢れから2度目が来ないことは、何を意味しているかカケルも気づいていなかった。毎日、毎晩、私の上に乗って身体を動かして、涙を溢していた。 カケルが大きな幸福感を抱いているのは分かっていた。 私にとっては、暗闇に閉じ込められ毎晩上に乗られることが地獄に等しいのに、カケルは真逆の感情を抱いていた。それが不思議でたまらなかった。 父と母の相反する感情を腹の子は読み取った。 「母上は、父上に苦しめられているのに、父上は想像さえしない。その末に私が存在してしまったのですね。申し訳ありません。御免なさい。」腹の子が罪悪感を感じるようになってしまった。 「違う。お前ができた事は、私が今まで経験して来た中で1番幸せなことだ。お前は私の宝物。お前のことを疎ましくなど思っていない。」 何度私が、そう言っても腹の子は黙り込んでしまう。子供に何がしてやれるか、それさえ私には分かっていなかった。 ふと、思った。名前だ。我ら在る者にとって名前は大事なものだ。在りどころの印だ。 「お前は私の光だ。私は子を持つ定めはないと思っていた。それなのに、お前は私の子になってくれた。お前は私の「光」なのだ。だから、ヒカルという名前を付ける。お前も暗いのは嫌いだろう?」 「ヒカル。今日から私はヒカルなのですか。それが私という個を表す名称なのですね。」 「そうだ。お前はヒカル。これからはヒカルだ。」
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