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小さな青以は優雨青と名づけられた。
竹脇が青以の書斎を確認した時、デスクの引き出しに命名のメモを見つけたのだ。
そこには青以の直筆で、
優雨青……ゆうせい
優雨里……ゆうり
と、ふたつの名前が書かれていた。
いつか子どもができた時、男女どちらが生まれてもいいように考えていたのだろう。
青以と万里、両方の名前から一文字ずつ取ってつけられたその名前は漢字といい、声に出した時の響きといい、とても綺麗で青以らしい命名だと万里は思った。
その死はあまりにも突然だったのに、青以はすべてにおいて完璧な準備をして旅立っていった。
万里はそのことを不思議に思うと同時に感謝してもしきれない。
青以はたくさんのものを万里に遺してくれた。
そのひとつひとつが万里と、まだ見ぬ我が子への愛情に溢れていた。
「あなたのお父さんはすごく偉大な作家で、私とあなたのことを何よりも大切に想ってくれてる、とっても優しい人なんだよ」
万里はいつも優雨青にそう言ってきかせた。
優雨青は音無マンションの住人や喫茶雨音の人々に可愛がられ、愛情をいっぱい受けて育った。
万里のことをお母さん、家の中のあちこちにある青以の写真を指さしてお父さんと呼び、生まれた時からいつもそばにいて自分を愛し、守ってくれる駿のことをいつしか「すぐるお父さん」と呼ぶようになった。
万里は青以の死から10年が経ち、優雨青が10歳になった年に駿と結婚した。
秋晴れの空の下、駿と万里は間に優雨青を挟んで雨音ガーデンウエディングのレッドカーペットを歩いた。
「万里、駿くん、結婚おめでとう。優雨青も」
62歳になっても変わらず若々しい風間が優雨青の頭を優しく撫でながらそう言うと、純白のウエディングドレス姿の万里とグレーのタキシード姿の駿が嬉しそうに見つめ合ってからお辞儀をした。
それに習って水色のシャツに黒いズボンで正装した優雨青も風間に向かってペコリと頭を下げる。
「ありがとう、じぃじ」
夜の色をした切れ長の瞳とはにかんだように笑う姿を見て、祖父である風間は優雨青の中に今は亡き青以の面影を強く感じる。
あの人もきっと祝福してくれている。
「駿、万里ちゃん、優雨青くん、おめでとう」
風間と同じように50歳を過ぎても相変わらず若々しい明日香が瞳を潤ませながら微笑むと、3人は再び深々とお辞儀をしてみせた。
「明日香さん、ええと……今日からはお義母さんって呼んだ方がいいのかな」
万里が照れながらそう言うと明日香は明るい笑顔と共に言った。
「今までどおり明日香さんでいいわ。照れ臭いから」
万里は改めて姿勢を正し、真っ直ぐ明日香の目を見て言う。
「明日香さん、小さい頃から私のことを娘みたいに可愛がってくれて、叔父さんが亡くなった時も、妊娠中も、優雨青の子育てもずっとずっと近くで見守ってくれてありがとうございました。これからも駿と優雨青と私のことをよろしくお願いします」
それを聞いて明日香は涙を溢し、万里の手を取り、握りしめた。
「こちらこそ、駿の想いに応えてくれてありがとう。駿のこと、よろしくね」
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