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「ああ、万里ちゃんと駿くんの晴れ姿をこうしてみなさんと一緒に見ることができるなんて……本当に幸せ」
極上の訪問着に身を包んだ希和はレースのハンカチで目元を拭いながら幸せなため息をついた。
その横で雪村も密かに目を潤ませている。
「ふたりともこの半年ですっかり背が伸びて、立派になりましたね」
雪村は遠い昔に執事として仕えた家の、事故で亡くなった子息のことを思いながら、万里と駿の晴れ姿を胸に刻んだ。
「これだけの人数の大人が揃っていながらみんなが泣いちゃって写真もビデオも撮れないとは……」
紫織は感涙に震える青以と風間、明日香と希和、雪村の姿を順に見つめながらため息をついた。
往年の女優かと見間違えそうなほど完璧なスタイルの紫織は黒いスーツに身を包み、こちらも人目を引いた。
さらに紫織の横には身長約2メートルの巨人がくっついているのだから目立つ事このうえない。
尋海は仕立ての良いダークグレーのスーツに空色のシャツというシックな出立ちで、今日ばかりはオネエ言葉を封印していたが、それにしても目立つ。
「アタ……俺は泣かないぜ。泣いたらふたりの晴れ姿をビデオに収められねぇから、な」
必死に男らしく喋ろうとするも、余計におかしなことになる。
紫織は吹き出しそうになるのを必死に堪えながらカメラのシャッターを切った。
新入生が担任から名前を呼ばれ、椅子から立ち上がって返事をする場面でもふたりは良く通る声でしっかりした返事ができていた。
そこでも音無マンションの面々は号泣しそうになるのを我慢しなければならなかった。
それは新入生退場まで続き、式典が終わる頃には皆が疲れきっていた。
式の後はクラスごとに講堂横の桜の木の前で集合写真を撮り、それぞれのクラスに移動してホームルームをすることになっていたが、さすがに教室に保護者が全員押し寄せたら窮屈なので、青以と風間、明日香以外は車で待つことにした。
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