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それから「例の店」に移動し、病院を抜け出してきた矢吹も加わって万里と駿の入学祝い食事会となった。
「……俺はもうこの店の看板を見ただけで胸焼けがする」
青以は別の店にしたがったが、今日1番の主役である万里と駿は残念ながらこの店が大好きなので無理な話だった。
そもそも音無マンションの住人9人と風間、合計10人が気兼ねなく好きなだけ食べて騒げる場所といったら、この店の個室以上の会場はそうそうない。
あるとすれば……。
「おい、今夜は雨音で市成さんがご馳走を作ってくれるんだからな。その分を計算して食べろよ」
とかなんとか青以が言っても誰も聞いていない。
「女将ぃ、今日も北京ダックある?」
「そりゃ、ありますとも。音無様御一行がご予約してくださったからには限定限定の大盤振る舞いですよ!」
仕立てのいいグレーの着物に身を包み、神々しいまでの福顔をした女将は満面の笑みでそう答えた。
「まさか……」
「まさかのカニも入荷してますよ、今日だけ限定で!」
それを聞いて青以はガックリと項垂れた。
隣に座っている風間は一同が歓喜に湧く姿と絶望する青以とを見比べて目を白黒させた。
「北京ダックと寿司と焼肉と、カニ。そしてお酒とクリームソーダは……ちょっと、いやかなり暴飲暴食な気がしますね、医師としては」
風間の言葉に希望を感じて青以は顔を上げたのだが……。
「おい、鬼嶋!なんで北京ダック2羽だけなんだよ!喧嘩になるだろ!前回より人数多いんだぞ!」
同じ医師のはずの矢吹が水のように酒を飲みながらそう言うのを見て、青以と風間は口を閉ざした。
「は?おまえ何言ってんの?カニも焼肉も寿司もあんのにアヒルで腹膨らせてどうするよ!だからバカだっつーんだよ、バーカ!」
「なんだと!泣かすぞ鬼嶋!」
「ヤダ!オネエさん、サムギョプサルだって!火鍋もあるじゃない!」
「師匠!前に万里が鯛釣ったって言ってたじゃん?俺も釣りたい!」
「おう、釣り上げろ釣り上げろ!女将ぃ、今日生け簀に鯛いる?」
そこで女将がニヤリと笑って囁いた。
「今日はね、紫織さんたちがいらっしゃる日だから特別にジンベイザメを入荷してますのよ」
そこでバーゲン会場のように騒がしかった室内が一瞬で静まり返ったのだった。
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