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橋の上で人だかりができている。『六甲おろし』を合唱していた。お馴染みの阪神タイガースの応援歌だ。夕方のテレビニュースで、タイガースがリーグ優勝したと言っていたから、熱心なファンが集まったのだろう。
でも、そのニュースは嘘だ。今日は四月一日――エイプリルフールの日だ。ファンも嘘だと分かって集まっているのだ。きっと、関東のテレビニュースでは、読売ジャイアンツが優勝しているにちがいない。
何を隠そう、僕もタイガースファンだ。神戸で暮らすようになってからタイガースファンになってしまった。だから、僕もあの人群れに混じって『六甲おろし』を歌いたいのだが、残念ながら今は急いでいる。
足早にその人だかりの横を通り過ぎようとしたとき、ファンの一人が橋の手すりを乗り越えて飛び降りた。それを合図のようにして、次々とファンが飛び降りていく。でも、ここは道頓堀川の橋じゃなくて梅田の陸橋なんだど……。
橋の下から聞こえて来る、けたたましい自動車のブレーキ音や断末魔の叫び声を背中で受けながら、僕は待ち合わせの居酒屋に急いだ。
居酒屋に入ると、「おう、ユースケ。こっちだ、こっち」と言う声が聞こえた。キンゾーが奥の座敷席で手を振っている。隣にエリカがいる。狭い店内に並べられたテーブルの隙間を通り抜けて、座敷席に向かった。
「遅くなって悪いな。電車が遅れたんだ。神戸線で人身事故。飛び込みがあったみたいだ。あっ、今日はエイプリルフールだけど、これ嘘じゃないから」
撲は言いわけをして、キンゾーの向かいの席に座った。
「いいって、気にするな。今日はそんな日なんだ」
キンゾーが人好きのする笑顔を見せる。
「わたし達もさっき来たばかりだよ」
エリカが慰めてくれる。嘘でも嬉しい。
「じゃあ、三人揃ったところで、同窓会を始めよう。取りあえず、ビールといこうか」
キンゾーは手を上げて店員を呼んだ。
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