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「店に入る前からコートを脱いでおこうか、社会人の基本的なマナーなので。」
青さんの会社に行くことなく青さんのアポにそのまま同行すると、電車を乗り継ぎ着いたのは繁華街にある普通のファミレスだった。
「すみません、私は普通の社会人経験がなくて・・・。」
慌ててファミレスの扉の前でダッフルコートを脱ぐと、中学の時の制服でもなく高校の時の制服でもなく、一般的なスカートスーツを着ている私の姿が現れた。
ドキドキとしながら青さんのことをチラリと見上げると、青さんは営業スマイルを貼り付けた顔で私のことを見下ろし・・・
「すっかり大人になったね、加藤さん。」
家の扉を一歩出てから青さんのキャラはこんな感じになっていて、私は笑いを堪えながら必死に普通の顔をしながら青さんの後ろからファミレスに入った。
そしたら・・・
「加藤さんはもう30歳だからここからの成長は見込めず残念だね。」
“お母さんのおっぱいは大きいから私だって成長する見込みはあるもん!!”
昔そう言ってムキになった私の胸をパッと見ながらそう言ってきた青さんは、店員さんに待ち合わせだと伝えてから店員さんの案内の通りに歩き始めた。
「私、着痩せするだけで脱ぐと凄いですよ?」
本当のことを隣に並びながら囁くと、青さんは小さく吹き出した。
「望が職場にもいるとなると調子狂うなー・・・。
お前が全然変わってないから俺は34にもなって高校の時のノリになる・・・。
仕事中は俺をあんまり笑わせてくるなよな?」
「笑わせようとなんてしてなくて、本当のことを言っただけです。」
「いや、着痩せって・・・っそんなペタンコなのに脱いだら凄いとか言われても・・・っ」
笑いを堪えられていない青さんの顔が一瞬で営業スマイルに変わった。
そしたらそのタイミングで店員さんが立ち止まり、1人の女の人が座っている席を青さんと私に教えてくれた。
「初めまして、ワンスターエージェントの星野と申します。
新人の加藤も同席しますがよろしいですか?」
「はい。」
40歳くらいの女の人が静かだけどしっかりとした声で返事をし、ゆっくりとソファー席から立ち上がった。
「三山 聡子(みつやま さとこ)と申します。
この度は谷中 亜里沙(やなか ありさ)さんから御社のことを教えて貰いまして、是非お願いしたいと思っております。」
三山さんのその言葉に私は凄くビックリした。
でも青さんは営業スマイルから少しだけ普通の笑顔になっただけで、三山さんのことをまたソファーに座るよう促し自分も座った。
「三山さんは谷中社長と親しいんですか?」
心臓が不快な音を立てて鳴っていく中、私も青さんの隣に座る。
「親しいかと聞かれますと・・・星野社長ほどは親しい仲ではございません。
うちのワンちゃんを谷中さんのペットサロンでお願いしているくらいの仲なのですが、とても良くしてくださっていて。」
「谷中社長は犬のことも犬好きな人のことも大好きですからね。」
「そうですね。」
固い表情をしていた三山さんの顔が少しだけ笑顔になり・・・
「大好きだった“青君”とお別れした原因は、“青君”は犬が苦手だったからだと昔からたまに聞いていました。」
それを聞き・・・
“谷中 亜里沙”はやっぱり“あの”女の人なのだと分かった。
「青さんの初恋の相手で初体験の相手・・・」
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