1

1/15
85人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ

1

寒さも本格的になった12月25日土曜日、クリスマスの朝。 先日30歳になった私が紺色のダッフルコートを着て訪れた場所。 都内にあるお洒落なマンションの1室の前。 1人で訪れたわけではなくて、私の隣には物心ついた頃から愛している男の人がいる。 物心がついた時どころの話ではなく、きっとお母さんのお腹の中にいる頃から私はこの男の人のことを愛している。 そしてこの命が尽きる時まで愛し抜くのだと分かっている。 戦後から日本の経済をリードし続けている財閥のうちの1つ、増田財閥の分家である小関の“家”。 その小関の“家”の長男である小関一平(いっぺい)さんのことを私は愛している。 現家長であるご主人様のことも奥様のことも一平さんの妹である一美(かずみ)さんのことも勿論愛している。 私は小関の“家”の秘書の家系である加藤の“家”の生まれであるから、それは当たり前のことで。 そんなことは言うまでもないくらいのことで。 でも、私は・・・私“も”・・・ お兄ちゃんが一美さんのことを異性としても愛しているように、一平さんのことを異性としても愛している。 そんな一平さんにクリスマスの朝に連れてこられたのはワンスターエージェントという会社の代表取締役、星野青(じょう)さんが暮らしているという家の前。 一平さんの高校からの同級生であり、大学時代にワンスターエージェントを一緒に立ち上げた友達。 増田財閥を支え増田財閥の為に動く分家の人間達は“綺麗で正しく生きる”必要がある。 そんな分家を支え、分家の人間達の代わりに手となり足となり汚いこともするのが秘書の務め。 それらの役目を忘れた分家の人間達により増田財閥が崩壊してしまいそうだった中でも、小関の“家”とその秘書である加藤の“家”はその役目を果たし続けていた。 秘書の適正がしっかりと備わったお兄ちゃんとは違い、私は小関の“家”の家政婦くらいの役割しか担えないような“ダメ秘書”だけど。 でも・・・ 今日は増田財閥の本家の長男、増田ホールディングスのダブル代表の1人である増田譲(ゆずる)社長からの任命を受けてこの場所にいる。 クリスマスの朝に、この場所に・・・。 先日、私ではない女の子と入籍をした一平さんに連れられ、青さんの所に来た。 「青が怒っていたとしても、それは俺のせいだからね。」 一平さんは青さんと喧嘩というか何というか・・・。 大学を卒業するタイミングで一平さんがワンスターエージェントを抜けた後は更にそういう感じになってしまっている。 少しだけ強張った顔の一平さんが、青さんの家のインターフォンを押した。 ドキドキとしながら目の前の扉が開くのを待っていると、思ったよりもすぐに扉が開いた。 そこには青さんが・・・ 青さんが、いなかった。 青さんの代わりにいたのは綺麗な女の人で。 凄く凄く綺麗な女の人で・・・。 綺麗でお洒落な服が少しだけはだけている姿で・・・。 一平さんのことではなく私のことを見下ろし、それから余裕のある顔でニッコリと笑った。 「青さん、家政婦さんが来たよ?」 私のことを家政婦と言って扉の向こう側に声を掛けた。 胸がギュゥ────...となるのを感じながら、私は笑い続けた。 一生懸命、笑い続けた。 やっと会えるから。 やっと、会ってくれるから。 こんな形だけど、私はやっと青さんにまた会えるから。 “家”が育てた“愛”ではなく私自身が自然と恋をした相手、青さんと高校1年生以来久しぶりに会えるから。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!