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「せ、せめてあと二三日だけ転生をズラすことはできないか?明後日の朝、いや、せめて明日の夜中とか」
「ダメよ。こっちに連れて来てるんだもの。今更、戻せないわ」
「くっ!ならせめて!冷蔵庫の中で眠らせてる鍋を一緒に転生させてくれ!」
「はぁ?なに言ってんのコイツ……。鍋の中に何があるっていうのよ」
「カレーだ。材料を厳選し、三日三晩眠らせることで完成に至る予定だった至高のカレー。とろとろに蕩けた甘い人参、旨みの染み込んだじゃがいも、甘み深い玉ねぎ、そして口の中でほろほろと溶けるように解けるお肉たち。至高にして究極のカレーが完成間近だったんだ」
「カレー、ねぇ……?」
最初は俺の熱に押され気味だったが、“カレー”と聞いた瞬間サッと冷めたような視線を向けてくる。
「世界の命運と“たかが”カレーのどっちが大切なのよ。まったく」
「カレーに決まってるだろ!」
「正気なの?あんな良くも分からない辛いだけの刺激物の塊の何がいいっていうのよ。はぁーー。コイツ、ハズレだわ。もういいわよ。とりあえず、ちゃっちゃと世界を救っちゃって。あとは好きにしていいわよ。カレーでもなんでも好きに食べればいいじゃない」
女神は頭を抱えて深々とため息を吐くと、「カレーに必要な材料は適当に原生させてあげたからさっさと向かってよ」と後ろの扉を指さした。
俺の返答も待たず、スマホを取り出してイジリ始める。話はこれで終わりだと言わんばかりだ。
「いや、そうじゃなくて、俺はあの冷蔵庫のカレーを。あれさえ貰えたらいくらでも働くから!頼む!あのカレーを!」
「い・や・よ!女神の力は強力だけど、使えばその分疲れるの。たかがカレーのために貴重な力を使いたくないわ。分かったらほら、回れ右して扉くぐって向こうの世界に行ってちょうだい」
「たかが……カレーだって……?」
もう我慢の限界だ。勝手な都合で呼びつけられて、楽しみにしていたものも取り上げられて、おまけに好きなものも全否定。
「まったく、これだから人間は。欲に塗れた魔物と変わりないわね。ゴブリンどもといい勝負よ」
挙句、最初から最後まで尊大な態度で人を見下して、人格の否定までしてきやがる。人をバカにするのも大概にしろよ!
「ふざけんじゃねぇ!!」
「なっ!?きゃっ!?」
気がつけば走り出し、スマホを眺める女神の横っ面スレスレを殴りつけていた!それでも俺の怒りは収まらない!
「お前、ふざけんなよ!俺はただ、楽しみにしていたものを取り返したいだけだ!それの何がいけないんだ!お前の勝手な都合で取り上げたものを取り戻そうとして何が悪い!返せ!返せよ!俺の幸せな時間を!」
「ああぁぁ……!?あんた!誰に拳向けたか分かってんの!許さない許さない許さない許さない!あんたなんか、魔物の群れに食い荒らされてしまえばいいのよ!」
拳を払い除けて、女神は金切り声をあげて立ち上がると腕を一振りした。
その瞬間、俺の足元にぽっかりと穴が空く。そのまま、真っ逆さまに俺は穴の中へと落ちていった。
「食いもんの恨みは恐ろしいぞ!覚えてろおぉー!!クソ女神があぁーー!」
「誰が覚えてやるもんですか!魔物の餌になって生まれ直しなさい!」
「お前こそ地獄に堕ちろ!高慢ちきの駄女神が!」
「きいいぃーー!!このカレー馬鹿があぁー!!」
小さくなっていく光。覗いた女神の顔の怒りに満ちた顔をしかと目に焼き付けると、俺は復讐を誓って中指を立てるのだった……。
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