【悲劇】

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『優希』 2024年2月24日日曜日12時30分。 家の鍵を開ける。 お母さんは先程怒った様子で 「外で朝食を食べてくる。お金は、あんたの貯金から下ろすからね」 と言い、家を出たので家には居なかった。 家の中で友達と遊ぶ、と伝えてあるので、お母さんが帰ってくることは無いだろう。 何故か、お母さんはおれが友達を家に入れる時、外出する。 まぁ、居ない方が都合がいいんだけど。 綾香を自分の部屋ではなく、いつも通り客人専用の唯一綺麗な部屋へ案内した。 「優希ー!」 綾香が可愛く、おれに抱きついてきた。 おれは、それに反応するように綾香を抱き返す。 その後、おれ達はコタツに入った。 最近客人専用の部屋の机がコタツとなった。 暖かい。 綾香と抱き合い、少し駄弁っていると、綾香が言い出した。 「私、これからどうすればいいのか分からない。お母さんはもうそろそろ退院だけど、また自殺を企てる可能性だってあるし。だから、私はお母さんを見守る責任がある。だけど、あの家に居ちゃ、私は殴られて、嫌なことをされて、幸せになれない。私、どうすればいいんだろ」 後半へ近づくにつれ、綾香の声色が哀しくなっていき、最終的にはおれの胸に顔を埋め泣いてしまった。 おれはできる限り優しそうな声を出し、綾香を宥める。 「おばあちゃんの家に逃げることだってできる。だけど、それでまた同じ結末を辿ってしまったら。それでもし、お母さんがもう一度自殺未遂を起こしたら。自殺を成功させたら、私は一生後悔する。」 おれは、綾香の事が勿論好きだ。 愛という感情を教えてくれた綾香に勿論感謝もしている。 だけど、だけど。 だけど、そんなこと、おれに言われたって何になるんだよ。 ”自分が一番辛いみたいな顔”しやがって。 おれだって辛いよ。 確かに抱えてる苦悩は綾香の方が膨大かもしれない。 だけど、辛いことには代わり無いじゃないか。 おれは、全て独りで抱え込んでいる。 誰にもこの辛さを少しでも感じて欲しくないから、誰にも言わず、誰にも頼らず、独りで抱えんでいた。 綾香。お前が羨ましい。 心底羨ましい。 自分のことをさらけ出して、自分の気持ちを他人に共有できるお前が羨ましくて、うざい。 羨望(せんぼう)の感情がグルグルと脳内で渦のように円を描いていた。 おれは、自分の感情を全て抑え込み、いつものように演技をする。 まぁ実際は心配してるし、一割は演技では無いけど。 羨望、嫉妬の感情は完全に捨てた。 捨ててはないか。捨てれない。 隠しているだけだ。 「辛いなぁ綾香。けど綾香は十分頑張っていると思うよ。現実にしっかり立ち向かって、逃げようとせずに、お母さんも守ろうとしてあげている。凄く、優しい子だよ」 本心だ。 だけど、やはり自分の気持ちを素直に打ち明けれる綾香を見ていると、嫉妬してしまう。 おれも、そんな風になりたいな。 綾香の頭を宥めるように撫でていると、綾香が鼻を啜り、泣き止むことなく喋りだす。 「優希。実はね私、お兄ちゃん達のこと殺そうとしたの。果物ナイフで。だけど、それは失敗に終わってしまった。私一人のこの弱い身体じゃ、あいつらには勝てなかった。逆に殺されかけた。私は、あいつらを殺すことも出来ない。一番簡単な解決方法なのに。一番の願いなのに。一番、みんなが幸せになれる方法なのに。私にはそれを成功されることが出来ない。出来なかった。殺したい。死ね。死ね!なんでお前らみたいなやつが生きてるんだよ!なんで、お前らが幸せそうにしてるんだよ!私な方が、私の方が……」 綾香は叫び、泣き、最後には黙り込んだ。 おれの胸に顔を埋め、「ひくっ」と泣きじゃくっている。 綾香、1回お兄ちゃん達のことを殺そうとしたんだ。 あぁ、本当に羨ましいな。 その行動力。 おれは、ずっと対抗できないでいた。 お母さんにも作り笑いをし、機嫌を伺っていた。 おれは、愛されたかっただけなんだ。 お母さんからの愛情が欲しかった。 だから毎日毎日毎日笑顔で自分を繕っていた。 お母さんに嫌われたくないから。 おれはただひたすらに綾香を宥める。 気づくと綾香は眠ってしまっていた。 スースーと寝息を立てており、素直に可愛いと感じる。
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