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『綾香』
2024年2月24日土曜日18時。
「お母さん!!」
そう叫び、目を擦る。
ここは、優希の家。
横を見ると、先程まで眠っていたであろう優希が身体を起こし、
「お母さん?どうしたの?」
と寝ぼけた可愛い声で訊いてきた。
おかしい。
さっきまではお母さんと車にいて、事故にあって、お母さんが死んで、知らない男の人と走っていたはずなのに。
明らか夢ではなかった。
あれは現実だった。
私を助けてくれた男性は優希?
もしかしたら、当時精神的に不安定な状態だったから、助けてくれた男の人のことを優希だと認識できていなかったのかもしれない。
事実確認のため、優希に
「ねぇねぇ。私を助けたのって優希?それとも違う人から引き渡されたの?」
と訊いた。
優希は困惑していた。
日本語がおかしかっのだろうか。
「助けたって何?引き渡す?綾香は何を言っているの?」
私の頭も困惑する。
「いや、だってさっきまで私は車の中にいて……」
「いやいやいや。ずっとここに居たよ?今日?いつの話してるの?少なくとも、綾香と車に乗ったことは無いよ。」
話を遮るようにして優希が入ってくる。
いやいや、優希の方こそ何を言っているんだろう。
「私、さっきお母さんと一緒に事故に巻き込まれて」
「綾香。事故になんてあってないよ。落ち着いて」
「私は至って落ち着いているよ」
「いや、落ち着けていない」
「落ち着いてるってば!」
少し怒鳴り睨んでしまった。
優希は少し後退する。
しかし、もう一度こちらへ歩み寄ってきそのまま私を抱きしめた。
「綾香!本当にどうしたの?変な夢でも見てた?」
「夢……」
私はなぜか、その言葉に強く反応してしまう。
なんだか、最近よく変な夢を見るような気もする。
毎回内容は思い出せないけど。
だけど、今回の体験と、最近よく見ていた夢の中での体験は酷似している気がする。
たしか、最近よく見る夢もやけにリアリティがあったような、そんな気がする。
それじゃぁ、さっきまで見てたものは夢だったの。
いや、信じられない程にリアルだった。
あれが夢は無理がある。
あ、そうだ。
お母さんに連絡すればいいじゃん。
お母さんが生きていればあれが夢だって証明されるし、お母さんが死んでいれば、あれが現実だったって受け入れられる。
私は精神病院に”緊急な理由”としてお母さんとの電話を要求した。
しかし私自身、心の奥底で生きてて欲しいとは願いながらも、内心あの事故は真実なんだろうなとか思っていた。
「もしもし綾香?」
お母さんの声だ。
私は驚いた。
だって、目の前で死んだんだもん。
「お母さん……生きてる、の?」
「え、生きてるよ。あれ、知らされてなかったの」
「いや、1回知らされたけど、だって、さっきら事故にあって、下半身がなくなって、死んじゃって」
「もー綾香、変な冗談言わないでちょうだいよ」
「いや、冗談じゃ……」
やっぱりあの体験は夢だったのか。
夢じゃない限り、お母さんが生きていることは説明がつかない。
お母さんも優希も、私の言う体験を否定する。
やっぱり、あれは非現実だったのか。
少しの安心と幸福の気持ちが湧いたが、同時に納得のいかない嫌悪感に襲われた。
「お母さん、もう大丈夫。変なこと言ってごめんね」
「いいよいいよ。久しぶりに喋れて嬉しかったし」
「そうだね。そうだ、最近訊きたいと思っていたから今訊くけど、退院の日時は決まってあるの?」
「あー決まっているよ。お医者さんには『このまま順調に行ったら3月の2日か3日には退院出来るわよ』と言われたわ。」
「おー!もーちょっとじゃん!」
「そうね〜」
「家で待ってるから、絶対帰ってきてね。生きて帰ってきてね」
「分かってるわよ。自殺未遂なんて起こして本当にごめんね。もう、しないわ。」
「約束ね!」
「約束よ」
「そーいえば、訊いていいのか分からないけど、自殺未遂を起こしちゃった原因ってなんなの?」
「んー。元々家に帰ったら話そうと思っていたから、家に帰ったら喋ってあげる。だけど、病院の先生達には『理由は無い』って言ってあるから今は言えない。ごめんね」
お母さんは囁くようにして小声でマイクにそう伝えた。
「わかった。ありがとね」
「うん、こちらこそ」
そういい、お母さんは私からの電話を切った。
お母さんの自殺未遂の原因。
多分兄達だよな……
もし元凶が兄達だとしたら、私達はあの家でもう幸せには生きられないのかもしれない……
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