(5)

1/2
前へ
/115ページ
次へ

(5)

 その後、心身共に結ばれたライサンとルークは、この事をカミングアウト……出来るはずもなく、とりあえず、しばらくはこの関係は秘密にし、卵が孵化した後、身近な者にだけ告げる事にしたのである。  そんな中、順調にレリック一行の監査業務は進み、特に問題もないまま、無事に予定されていた日程を終えた彼らは、次の監査地、サンジェイラ支部のあるサンジェイラ王都へと向かう事となったのだ。  その、前夜。 「ウインター神官長補佐」  名を呼ばれルークが振り返ると、そこに立っていたのは、この監査の総責任者。本部の神官長であるレリックだった。 「ゲート神官長」  深く頭を下げ、礼をしたルークに、レリックは優しい微笑みを向ける。 「今、仕事終わりですか?」  柔らかな声で尋ねてくる彼に対し、ルークは余所行きの愛想笑いを浮かべた。 「はい。ゲート神官長も長らくの監査業務お疲れ様でした。本日はごゆっくりお休み下さい」  サンジェイラ王都への長い旅路を気遣いそう言ったルークは一礼し、踵を返そうとする。 「ああ、待って下さい。少し私の部屋で話をしませんか? セリクス神官長とは話す機会が多かったのですが、この滞在中、ウインター神官長補佐とはすれ違いで話す機会もなかなかなかったですし」 「…………」 「どうですか?」  さりげなく腰に回された右手を冷めた目で見下ろしていたルークは、彼に関する忠告を、既にライサンから受けていた。それと同時に、この前神官長室で見た、自分がキスシーンだと思っていたものが完全な勘違いであった事も聞いていたのである。  腰を抱かれたまま強引に連れ出されそうになったルークは、その時に聞いた対レリックに関する対処法を思い出し、口にする。 「いえ、俺はもう眠いので、このまま帰って寝ます」 「……え?」 「もう眠たいので眠りたいんです、ゲート神官長!」  眠いからという理由で上官の誘いをあっさりと断ったルークは、今度こそ一礼して、その場を後にする。そうして立ち去った背に、レリックの堪えきれないような笑い声が届いたのだった。 (ものすごく笑っていたな、あの人)  果たしてあれで本当に良かったのか? よくわからない。  神官長官三階にあるライサンの私室の扉を開けながら、ルークは首を傾げる。 「おかえりなさい、ルーク。もうすぐ夜食が出来ますよ」  既に夜の祈りの儀も終えていた為、今夜はもうどこにも行く予定がない。美味しいライサンの夜食を食べて、湯浴みをして寝るだけだ。  ルークは胸ポケットから竜の卵を出すと、それをテーブルの上に置かれていたレイデの木の籠の中に入れる。 「…………」  優しく卵を撫でていたルークは、城で倒れた時にリュセルが言っていた事を思い出す。ベルとジルからの伝言。卵の孵化率を上げ、孵化までの時間を短縮する為に交尾しまくれ……と。 (…………って、そんな事出来るかッ!)  褐色の瞳をカッと見開き、ルークはここにいないドラゴンの末裔達の伝言を完全無視する事を決める。何故なら、ライサンにこの事は伝えていないのだ。という事は、交尾しまくるには、自分から誘わなくてはならない。  そんな大胆な事ルークに出来るはずもなく、今も閨での行為はライサンからの誘いによって生じていた。  でもそれだって、あれ以来それなりに行っているし、それだけでもいいんじゃないだろうか? 卵に精気を取られ過ぎてルークの精気が枯渇する問題も、番となったライサンとの呼気交換で彼の精を取り込む事で解決した訳だし。  一人で卵に血を注いだ場合でも、呼気交換で番から精気を分けてもらえるのだ。ライサンの精気とレヌーラの花の蜜。その両方が揃ったおかげでルークは前程消耗しなくなったのだ。 「……早く孵化するといいですね」  いつの間にか傍に来ていたライサンが、ルークと同じように卵を撫でていた。  不安がない訳じゃない。例え卵が無事に孵ったとしても、孤児であったルークは親をしらない。親がどのように子供に愛情を注ぐのか、それがまったくわからないのだ。でも、親はいなくても、自分はライサンやリュカ老師に愛されてきた。きっと大丈夫だ。 「ああ、そうだな」  そう答えたルークが竜の卵を孵化させるのに、実に二年の歳月を必要とする事になる。  それは、一人で卵を育てたにしては早いが、番がいるにしては遅い。ようやくリュセルからベルとジルからの例の伝言を聞いたライサンが後半で追い上げた(交尾しまくった)為、なんとか二年での孵化を実現出来たのだ。  奇しくも、ルークはあんなにショックを受け、破り捨てる程怒り狂った例の小説本、聖なる秘蜜シリーズの主人公達のように、自室のみならず、神官長室や補佐室、大聖堂、果ては外で、場所を弁える事なく、獣のようにライサンと体を交えたのだ。小説本と真逆の役割ではあったが……。  卵の成長の影響なのか、心が嫌がってもすぐに体が発情してしまい、ルークはこの期間中、彼との情交の多さにかなり悩まされたのである。まあ、完全に本人の自業自得ではあった。  そうして、二年の月日が経った。 ***** 「もうすぐだな……」  ドラゴンの森に、アシェイラの弾んだような声が響く。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加