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レイデの大木の前、ルーク、ライサン、アシェイラ、ベル、ジルが集まり、今にも孵化しようとしている竜の卵を見守っていた。
竜の卵が無事育ち、孵化が近い事を悟ったルークは、ライサンと共にセイントクロス神殿本部を訪れていた。卵に何かあった時、同胞であるベルとジル、それに、ドラゴンの生態に詳しいアシェイラがいてくれた方が安心だったからだ。
ベルもジルも虹色の瞳を輝かせて籠の中の卵を凝視し、ルークとライサンはハラハラしながら卵を見守る。
育ちきった竜の卵。
虹色の殻の中には、薄く透けて雛の姿が見えており、胎動と共に軽く揺れている。
祈るような気持ちで皆が見守っていると、内側からカリカリという音が漏れ始める。小さな音。そうして一生懸命内側から殻を引っ掻いた雛は、ようやく一部分に穴を空ける事に成功する。
ピョコっと、まず小さな穴から顔を覗かせたのは、白い鼻の頭だった。
がんばれ!
がんばれーーーーッ!
人間とドラゴンと神獣が声もなく応援している視線の先、パリッという音を立てて、大きく殻が破れた。
「キュウッ」
小さな可愛らしい鳴き声。
割れた殻を頭に被った雛は、大きな虹色の瞳を父親であるルークに向ける。
雛特有の柔らかな小さな鱗。小さな角、小さな翼、小さな爪。大きさは子猫位だろうか? 産まれたばかりのドラゴンの雛は小首を傾げ、ルークの顔をじっと見上げていた。
「え?」
「おい、これって……」
ルークの戸惑うような声とアシェイラの驚きの声が重なる。
「…………」
「……………………」
そして、ベルとジルは絶望の交じった瞳を、雛の核親であるルークに向ける。複雑そうな顔を向けてくる同胞達を見返した後、ルークは視線を雛に戻す。
ルークは自分の血だけを卵に注いだ。
そうすると、産まれるのは赤竜(レッドドラゴン)のはずである。赤い鱗を持つ、炎の色のドラゴン。でも、目の前にいる雛、産まれた我が子の鱗の色は……
白。
まぎれもない、白竜(ホワイトドラゴン)であった。
「お前、ルーク……ッあはははは、お前、俺が思っていた以上にライサンに惚れてたんだな! ライサンの奴の執着ばかりだと思ってたから、いや~~、意外だわ! がはははははッ!」
雛の姿が人型に変化した時、どのような姿になるのかを悟ったアシェイラは大笑いする。
「どうして!? ルーク! 禊をしたのに、なんでだよ!」
ベルが涙声で訴えるが、そんな事、自分の方が聞きたい。
「ドラゴンの雛は、血を交ぜなくても、番との交わりが深ければ血を交ぜたと同等の事が起こる。血を注いだ時、そいつの残滓がお前の体に残されていたのだろう」
あんなに体を泉の水で流したのに、どんだけ深く交わってたんだ、お前ら。という目でジルに見られ、ルークは顔を真っ赤にする。
番と血を交ぜ卵に注ぐと、雛の容姿は、核親と番の特徴を混ぜ合わせたような姿で産まれてくる。その比率は、核親となった者の想い次第。想いが強ければ強い程、雛の姿は番に似る。
果たしてこの雛はどうなのだろう? 鱗の色は完全に番相手の色をしている訳なのだが……。
皆が皆、同じような事を考えていた時、今まで黙って雛を見つめているだけだったライサンが口を開いた。
「ルーク、雛があなたを呼んでいますよ」
「……ッ」
そう言われ、ルークは白竜が小さな前肢をルークに向けているのを悟る。導かれるがまま、小さな……、本当に小さな白い体を抱き上げ、虹色の瞳を覗き込む。
「キュウ、キュウーーーーッ」
雛は嬉しそうにスリスリとルークの胸に頭を擦り寄せ、その手をきゅっと握った。
「可愛い子ですね、ルーク。無事孵化して本当に良かった」
嬉しそうなライサンの声。それを聞いたルークの頬もようやく緩んだ。
「ああ、そうだな。本当に……」
可愛い雛だ。
ルークはそう言うと、小さな白竜の額にゆっくりと唇を落としたのだった。
その後、”リトル”という仮の名を与えられたドラゴンの白き雛は、二年後、人型をとれるようになると、その姿があまりにもライサンに似ていた為、周囲の大人を驚かせる事となる。
それから時を経て、”リュカ・セリクス”の名をリュカ老師から引き継ぎ、すくすくと成長していった彼は、成長すればする程ライサンに似ていったのだ。
それは……、そう、それこそが、ルークのライサンに対する想いの強さの現れだったと言えよう。
ドラゴンの一族再興の鍵であり、最後の希望。でも違う。決してそれだけじゃない。リュカは……リュカの存在こそが、ルークのライサンへ向けた愛の証そのものであり、決して抜けぬ軛であったのだ。
長い間追ってきた白い背と肩を並べ、ルークはこれからの人生をライサンと共に歩いていく未来を手に入れたのである。
そう、これからずっと……。
死が二人を分かつまで。
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