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 スリスリスリ  そんな、過去何度か遭遇した事のある光景を見ていたライサンは、開きっぱなしの扉に目を向けた。 「ん?」  ガシャン  カラカラカラ……  ティーセットと器に綺麗に乗せられていたお茶菓子が、床に落ちて散乱する。 「ウ、ウインターし……神官長、補佐?」  新しい外部監査の大神官に興味津々だったらしい神官査の面々が、お茶にかこつけてルークの後をついてきたらしい。五人の神官査の面々は、いきなり変貌した神官長補佐に呆然自失状態だ。  ただ一人、この事を知るリチャードだけは、ルークの奇行を軽くスルーして、落として欠けたティーセットの心配をしていた。 「ちょっと~! そのティーセット、来賓用の高いやつじゃなかった? ど~すんの、こんな欠けちゃってさ~~、接着剤でつけてみるぅ?」 「リチャード、茶器の片づけはいいので、他の方々を部屋から出していただけませんかねぇ? それで、お茶は改めてあなたが持ってきて下さい」  ライサンの要求に、リチャードは右手親指を立てて了解の意を伝える。 (これは貸しだよん、ライサン)  口の動きだけでそう言ったリチャードに、ライサンも右手親指を立てる。 (了解です) 「は~い! みんな、行くよ~! 今日もお仕事いっぱいだからね~~!」  わざと大声でそう言ったリチャードが、他の神官査達を引き連れて出て行くのを見届けたライサンは、床の上にばらまかれた割れた茶器と菓子類の片づけにかかる。  大きな破片を片づけ、小さな箒で小さな破片を片づけて濡れた場所を拭く。 「そろそろ戻ってきてはどうですか~? ルーク」  熱い眼差しをリュカ老師に注ぎ続けているルークに呆れ、片づけを終えたライサンは、そうつっこみを入れながら懐から例の干菓子をもう一つ取り出す。  モゴモゴモゴ  それを食べながら、ルークの気が済むのをとりあえず待つ事にした。  それから約一刻後、めくるめく愛の世界から帰還したルークとリュカ老師は、先程のように神官査達が押しかけて来ても困る為、神官長室にライサンと共に移動し、ある難題について悩んでいた。 「申し訳ありません、リュカ様。顔見せの挨拶にいらしただけなのに。このような相談をして」  申し訳なさそうにそう言うルークに向かい、リュカ老師はにっこりと笑いかける。 「いやいや、大事な問題じゃ。わしにも考えさせておくれ」 「リュカ様……」  尊敬する養い親の優しい言葉を聞いたルークの瞳は、再び感激に潤む。  そうして、リュカ老師ラブという夢の国に旅立ちかけたルークの意識は、次の瞬間響いた、大して困っていないような声により現実に戻った。 「困りましたね」  ライサンの声に重ねて、リュカ老師も同じような口調で呟く。 「困ったのう……」  フォフォフォとのん気に笑う祖父に、のんびりとライサンは尋ねる。 「どうしたらいいでしょうねぇ……、リュカ様」 「そうじゃのう~」  さすがは、祖父と孫。同じような調子で、のんびりと考え込んでいる。  このまま二人に任せていては、まとまるものもまとまらないだろう。それを悟った、優秀な神官長補佐であるルークは、大声で怒鳴った。 「そんな、のん気にサンジェイラ産の緑茶をすすってる場合じゃないっ! 剣主様……、レオンハルト王子殿下から、邪気浄化の任務遂行の為に神官を一人貸して欲しいと要請が入ったにも関わらず、肝心の神官が決まっていないんだぞ! 返事の〆切は、今日だ今日! 一体どうするつもりだ!? セリクス!」  愛する(?)リュカ老師を怒鳴りつける事など出来るはずがないので、ルークの怒りの視線は怒鳴り慣れているライサンに向いていた。 「どうしましょうかねぇ……」  それに油を注ぐが如く、の~んびりとライサンは返事を返す。 「どうしましょうかねぇ……、じゃないッ!」  案の定、ルークはライサンの神官服の襟を掴み上げそうな勢いでそう叫ぶ。  目を血走らせ、血管をぶち切れさせそうになっている自分の補佐役を面白そうに見返した後、ライサンははっとしたような顔を作った。 「ルーク、そんなにイライラしてどうしたのですか? はっ! まさか、あの日ですか?」 「~~~~っ、こんの阿呆上司、ぶっ殺す!」  目をギラギラをさせて自分を見るルークを楽しそうに揶揄うライサン。その様子を見守っていたリュカ老師は、ルークを落ち着かせる為に口を挟んだ。ライサンからすれば余計なお世話かもしれないが、このままでは養い子の血管がやばいような気がする。 「ルークや、ライサンも悪気はないのじゃ。わしに免じて許してやってはくれないかのう」  大好きなリュカ老師に小首を傾げて見上げられ、ルークの怒りは一瞬で見事な程に霧散した。 「……リュカ様が、そうおっしゃるなら」 「前から思っていましたけれど、私に対する態度と違い過ぎやしまいませんか?」 「黙れ、駄目上司」 「まったく、いい年してジジコンですか」  ライサンの挑戦的な台詞に対し、再びルークの褐色の瞳がギラつき始める。 (ライサン。気をひきたいのはわかるが、それでは逆効果じゃぞ)
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