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 神殿内での自分の立ち位置を完全に理解しているセフィは、その翠緑色の眉をひそめて尋ねた。  世界を守る力、奇跡の存在。この世を司る、創世の女神の愛(めぐ)し子。アシェイラ神殿の信仰の対象である剣主と剣鍵の兄弟。  彼らの邪気浄化の任務に同行するとなると、セフィの神殿内での位は一気に上昇する事になる。元神父の経歴の、彼が……である。 「お前にしか出来ない」  きっぱりとそう言ってのけたルークは、不思議そうに首を傾げるセフィに事情を説明した。 「ラッセン神官査の件について何か知っているか?」 「ラッセン神官査? いえ、何も」  カール・ラッセン  比較的若輩者の多いアシェイラ神殿の上層部で唯一の年配者。頭にちらほらと白いものが混じり始めている中年の神官である。 「神子様方との”繋ぎ役”の任に就いている方という事しか知りません」  アシェイラ各地より神殿に寄せられる邪気に関する情報を神子達に届ける任に就いている者を、繋ぎ役と呼ぶ。 「そのラッセン神官査だが、繋ぎ役の任を外れ、各地の邪気情報を集め報告する、”収集役”の任に就いた。つまり現在、出張中だ」 「え!? 神官査が収集役ですか?」  収集役とは、いわば神官の中でも下っ端の仕事だ。  セフィのような位の低い神官ならまだしも、エリート神官の集まりである神官査の位に在る者が収集役とは、まず、ありえない。 「リハビリの為に王都を出したんだ。全っ然、使い物にならなくなってしまっていたからな。あの方は……」  ルークが神官長補佐としてアシェイラ神殿に入殿した時、彼は既に神官査の一人だった。  アシェイラ神殿のツートップがライサンとルークのペアになってから、神官査の入れ替えがされ、若く有能な神官を中心に編成されたのだが、優秀な神官だったカールだけは残された。  人柄もよく、若い神官査達をうまく導いてくれていた彼の存在は貴重だった。  だが…… 「すべては俺の所為なのだ。一月程前、ルネ爺が引退しただろう?」  珍しく悔いるような口調でそう告げたルークに向かい、セフィは大きく頷いた。 「ああ、はい」  通称、ルネ爺。本名、ルネ・フィルム。神官長館のお茶汲み係りだった、御年九十歳の老神官である。少々ボケ気味だった事もあり、惜しまれつつも一月前に神官職を退いた。 「ルネ爺は神官長館のお茶汲み係りであると同時に、神子様方との繋ぎ役の任に就いていたのは知っているよな?」 「ええ、フィルム神官が退官したので、ラッセン神官査がその役目を引き継いだと聞きました」  セフィの言葉を聞いたルークは、苦虫を噛みしめたような顔になる。 「ああ。俺がセリクスに推薦し、奴が正式に任命した」  ある程度の年を重ね、神官としての経験も豊かな彼なら適任だと、ルークは判断したのだ。 「なのに、あんな事になるとはな」  予測出来た事なのに、それを考慮しなかった自分に腹が立つ。 「あの、ラッセン神官査は一体どうしたのですか?」  ルークが後悔している事はわかるのだが、件の神官査に何が起きたのかが、いまいちわからない。 「女神の美貌にやられてしまったんだ」 「あ……あ~、そういう事ですか」  吐き出すようなルークの台詞を聞くと同時に、セフィは納得がいったというように頷く。  女神の美貌。人に在らざる美。  その存在が信じられぬ程美しい容姿を保持する女神の子供達の美貌にあてられて、使い物にならなくなる神官や巫女は昔から多かった。  特に、神子と間近で長時間接する事の多い繋ぎ役は、そうならない事の方が少ない。それ故に、繋ぎ役は意志の強い者、平常心の保てる者、自身を見失う事のない者でないと務まらない。  ラッセン神官査の前任、ルネ爺ことフィルム神官は、現剣主、レオンハルト王子が宝主の儀を経て、正式に剣主となってから、ずっと繋ぎ役の任に就いていた。  約二十年の間、レオンハルトの美貌と色香に耐えた、素晴らしい人材だったのだ。  最後の方は、少々、その任に就いているには年をとり過ぎている事もあり、レオンハルト直属の騎士に神殿まで送られてきたり、城でぎっくり腰を患ったりと色々あったが、彼の残した功績は大きいとしか言いようがない。 「だから、私なのですね?」  頭の回転の早いセフィは、その説明だけで、どうして自分が選ばれたか悟ったようだった。
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