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(4)
目の見えぬ、盲目な彼ならば、神子達の美貌に惑わされる事なく任務を遂行出来る。セフィが抜擢されたのは、その障害の部分がちょうど良かったという点も大きい。それは、本人にしてみれば、決して望ましい事ではないだろう。
「…………」
無言のままセフィの動向を見守っていたルークの視線の先で、彼はにっこりと笑って見せた。
「私のようなものがどこまでお役に立てるかわかりませんが、神子様方の為に全力を尽くしたいと思います」
柔らかな声音であっさりと了承の意を伝えてきたセフィに、ルークはほっと息を吐く。
「場所は南の僻地だ。長旅になるだろう、すまないな」
「いえ、神子様方の手足となり、盾となるのが私達の使命です。むしろ、神子様方の任務に同行出来るなど、神官として光栄の極みでしょう」
「そうか。そう言ってもらえると助かる」
そう言うと、ルークは王都を出る際に必要な通行証をセフィに渡した。
「知っていると思うが、身分証も必要になる。旅の仕度の際、用意するようにしろ。出立は明後日、集合場所はデコレート商会アシェイラ支店前。デコレート商会の行商隊と途中まで一緒になるそうだ」
「了解致しました」
「急な話ですまないな。城の方には、こちらから返事をしておく。もう行っていいぞ」
ルークの言葉に対し、セフィは胸の前に右手の平を添えてゆっくりと頭を下げた。目上の者に対する、神官同士の挨拶だ。
わずかな衣ずれの音をさせ、部屋を退室して行ったセフィの背を見送った後、ルークはライサンがしたためたレオンハルトに献上する返事の手紙を引出しから出すと、リチャードを呼び付け、それを渡した。
現在、繋ぎ役の任についている神官がいない為、代理で届けさせるのだ。
「おっけ~、わかったよん!」
軽い、いい加減な返事を聞いたルークは、眉間に皺を寄せたまま、付き人用の机で黙々と仕事を続けていたラテーヌに指示を出す。
「ラテーヌ。お前もついて行って、この馬鹿の監視をしてくれ」
「わかりました」
優秀な付き人である彼は、上司の指示を聞くとすぐに、仕事の手を止めて立ち上がった。
「え~、そんな、一人で平気だよ! ルーちゃんってば、過保護~!」
不満そうな声を上げるリチャードの能天気な顔を下から睨みつけたルークは、すぐさま怒鳴った。
「やかましいッ! お前が道草しない為の監視役だ。前に買い物に出した時、道草して半日帰って来なかったのはどこのどいつだ!?」
「だってぇ……、神殿の外にはすっごく珍しいものが多いんだよ~? ルーちゃんだって、外に出たら目移りしちゃうに決まってるよ」
イライライライラ
リチャードの、のんびりとした口調を聞いていたルークはイライラしてくるのを感じた。
本来なら他の神官査を使いに出したいところなのだが、運の悪い事に、本日、他の神官査達は他の仕事で忙しい。
「いいから、さっさと行け!」
ダンッと机に両手をついて立ち上がったルークの凶悪な表情を見てとったラテーヌは、無表情のまま、喚き続けるリチャードの耳を引っ張って部屋を退室して行った。
「では、行って参ります。ウインター神官長補佐。そちらにまとめた決裁書に目を通して受領印をお願いしますね」
「ああ。頼んだぞ、ラテーヌ」
そうして二人がいなくなった後、ルークはどっかりと再び椅子に腰を下ろす。
「まったく、折角リュカ様がいらしているというのに」
全然、話が出来ていない。
明日、アシェイラ神殿内の見回りと内部の監査をし、明後日には本部に帰られてしまうというのに。
今頃ライサンと家族水入らずで話をしているのだろうか? 血のつながりがすべてではないと思うが、やはり、本当の孫には敵わない。
「……仕事するか」
ラテーヌの置いて行った書類に目を通しながらも、ルークの意識はリュカ老師にどうしても向いてしまう。
ールークやー
暖かな眼差し、優しい手の温もり。リュカ老師は自分のすべてだ。与えてくれたたくさんのモノを、少しでもお返し出来たら……。それだけを目標に、今までやってきた。
あの時
彼は、まるでゴミのようだった薄汚れた子供に手を差し伸べてくれた。
ー君、名前は?ー
「?」
記憶の奥底、リュカ老師に拾われた極寒の冬の日の事を思い出していたルークは、書類を捲る手を止めた。
確か、「ナナシ」と名乗ったはずだ。
名前がなかった故に……。
ー君に名前をあげる。だから、僕のものになってよー
ささやくような子供の声を思い出す。
「なんだ? この記憶」
リュカ老師との思い出の記憶なのに、何故子供の声を思い出すのか。
あの寒空の下、長い時を道端で過ごしていたルークは凍死しかかっていて、意識も朦朧としていた為、記憶が定かではないのだ。
でなければ、いくら子供の頃の記憶といえど、こんなにも大事な事を忘れるはずがない。
大切な恩人、リュカ老師との出会いの記憶を……。
(まぁ、子供(ガキ)の頃の記憶だからな)
少々覚えていない事があっても仕方あるまい。ましてや、死にかかっていた時の記憶なのだから。
(あ~、クソ! 止めだ、止め!)
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