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 自分の中に曖昧な記憶があるのは気持ち悪かったが、ルークはイライラしながらもそれに蓋をし、思い出そうとするのを止めた。  第一、そんな事をしている間はない。一刻も早く仕事を終わらせて、リュカ老師と過ごせる時を少しでも作らねば!  しかし、ルークが仕事に追われている間に、無情にも時は過ぎたのだった。 「ではな、ルーク、ライサン。仲良くするのじゃぞ」  滞在期間が終了し、アシェイラ神殿正面入り口で別れの言葉を口にするリュカ老師に、ルークはつい縋りつくような視線を送ってしまうのを止められなかった。 「…………」  そんな、隣に立つ自分の補佐役を無言のまま横目で眺めたライサンは、にこにこと笑っている祖父に視線を戻し、微笑みかける。 「はい。お祖父様もお体に気を付けて」  穏やかな声音で別れの言葉を口にする孫に頷き答えると、リュカ老師はルークに目を向けた。 「またお会い出来る日を……、楽しみにしております。リュカ様」  養い子のその言葉に、リュカ老師は嬉しそうに答える。 「ああ。わしも楽しみにしておるよ、ルーク。他の子達(神官査)にもよろしく言うておいておくれ」  リュカ老師は馬車に乗り込むと、窓を開け、二人に向かって手を振った。  シワシワの優しい手。  その手に縋りつきたい気持ちを抑えつつ、ルークは遠ざかるリュカ老師の乗った馬車をいつまでも見送っていた。 「…………さあて。お祖父様もお帰りになった事ですし、私はこのまま昼寝でもしましょうかね」  機械仕掛けの人形のようにいつまでも手を振り続けているルークを眺めているのに飽きたのか、ライサンはそう言って伸びをすると、ゆったりとした動作で身を翻す。 「ああ。…………ああッ!?」  上司の聞き捨てならない台詞にボ~っとしながら返事を返したルークは、一気に目を覚ます。 「な、な、何が昼寝だ! お前、ああああッ、もういやしねえ!」  ルークが振り返った瞬間には、ライサンの姿は煙のように忽然と消えていた。 「馬鹿セリクス~~~~ッ! 駄目上司、仕事に戻りやがれええええええ!」  清々しい朝の空気を裂くような大声が、アシェイラ神殿中に響き渡っていた。  そんな、リュカ老師の帰途から、しばらくの時が過ぎた後……。 「ただいま戻りました、ウインター神官長補佐」  剣主剣鍵、二人の神子の邪気浄化の旅に同行していたセフィが無事、帰都した。 「長期に及ぶ旅、ご苦労だったな。疲れただろう? 今日はゆっくり休め」  下げていた頭をゆっくりと上げたセフィの変わらぬ姿に安堵の念を覚えつつ、ルークは労いの言葉をかけた。 「でも、今回の事の報告が……」  旅の疲れを滲ませながらも神官としての役目を全うしようとするセフィに対し、ルークは彼にしては柔らかな声音で告げる。 「後で報告書にまとめて提出してくれればそれでいい」  ルークの言葉から労わりの念を感じ、セフィは頭を下げた。 「ありがとうございます、ウインター神官長補佐」  そして、退室の礼をそのまましようとしたセフィは、思い出したように傍らに在った荷物を探った。 「こちら、お土産です。どうぞお受け取り下さい」  任務での旅なのだから、気を使う必要もなかろうに。 「そんなに気を使わなくていいんだぞ?」  差し出されたものを受け取らない訳にもいかず、仕事机ごしにそれを受け取りながら、ルークは眉をひそめた。 「でも、帰りに折角、有名な地方の温泉街に寄りましたので、セリクス神官長がお喜びになるかと思って」  セリクス?  いつのまに仲良くなったのか? ルークが首をひねっている間にセフィは退室して行った。  それにしても、本当にセフィ・アルターコートは真面目で実直な良い神官だ。神学校を卒業していないというだけで、あのような人材を埋もれさせるのは惜しい。 (このまま繋ぎ役の任に就けるよう、セリクスに提案するか)  おそらく反対する事はないだろう。 (彼をきっかけに、教会出の神官達と神学校出の神官達との身分差が無くなればいいのだがな)  そう考えながら、セフィがくれたお土産に目を落としたルークは目を剥く。  限定 黒猫ノンちゃんまんじゅう(カスタード味)  おそらく、地方限定で作られたまんじゅうだろう。 「本当に、いつの間に仲良くなったんだ? あいつら」  ライサンの黒猫ノンちゃん趣味を何故か知っているセフィを不思議に思い、ルークは首を傾げていた。 *****  それから、いつものような穏やかな(一部騒がしいが)神殿での日々が過ぎ去り…………  神殿支部での二大イベントの一つ、神子達の”生誕の儀”の期日が近づいて来た、ある日。 「付き人が欲しいのか?」  その要望を聞いたルークは、読んでいた書類から目を上げて、目の前に立つ翠緑の髪の青年神官に目を向けた。  セフィ・アルターコート。固く目を閉ざした盲目の神官。 「はい」  申し訳なさそうに目線を伏せたセフィの顔を眺めながら、ルークは頷いた。 「そうか。生誕の儀も近いからな。繋ぎ目の任に在るお前は忙しいだろう? 気がつかなくて悪かった」
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