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ドタドタドタと、内心の腹立だしさを隠す事のない、荒々しい足音が遠ざかって行くのを聞いた後、ライサンはため息をつく。
「まったく、困った子だ」
あんなにヨレヨレで普通だと思っているのだから、質が悪い。
終わらなかった仕事を自室に戻ってまでやっているらしいルークは、重度のワーカホリックと言ってもいいだろう。
ライサンが真面目に職務に徹っしても、おそらく彼の仕事の仕方は変わるまい。
「このままでは、若くして過労死まっしぐらですねぇ」
実は、ラテーヌが報告するまでもなく、シャルやルパートという、能力、人格共に優秀な神官査達からルークの体調を心配する相談を受けていたライサンである。
ため息をつきつつも、先程ルークから渡された報告書に目を通し、印を押す。
実は、神官の除籍権限を持つのは、神殿本部の大神官のみだ。支部の神官長が出来るのは、除籍の要望書を提出する事だけ。しかし、その要望が通らない事は、まずなかった。
それは、大神官達の、各支部をまとめる神官長への信頼の表れでもある。神官長が除籍要望を出してくるという事は、よほどその神官に問題ありと判断されるのだ。
そして、その要望書と共に提出される報告書がそれを裏付けする。
今回の一件は、セフィという、繋ぎ目の任には就いているが、一介の神官に過ぎない神官を貶める噂を故意的に広めただけならば、厳重注意のみで済んだのだろうが、セフィのみならず、支部神官長の位にあるライサンを巻き込んだ事と、噂を広めた時期が悪かった。
神官達が敬い、守らねばならぬ者。
女神の子供達。
アシェイラ国の神子、剣主たるレオンハルト王子と剣鍵たるリュセル王子の生誕日。それに伴う生誕の儀が、すぐ間近に迫っていたのである。
そのような大事な時期に、生誕の儀を行う神殿内を騒がせた罪は大きい。
ルークの下した除籍処分の処置は一見厳し過ぎるように感じられるが、神殿内でも高位に在る者達からしてみれば、正当な処置と正しい判断だった。
ライサンは報告書を読んだ後、本部へ提出する要望書を書き上げる。
最後に自分のサインを記すと、それらを封筒に入れ、セイントクロス神殿の紋章を押して封をした。
後でルークが取りに来るとは言っていたが、厨房におやつをくすねに行こうと思っていたところなので、ついでにルークの執務室に寄っていこうと腰を上げる。
そろそろ休憩の時間のはずだが、おそらくルークは休憩をとる事なく補佐室にて仕事に励んでいる事だろう。
「真面目過ぎるのも考えものですねぇ」
そう呟きながら、ライサンは神官長室を後にしたのだった。
コンコン
「入れ」
聞こえたノックの音に気づき、視線を書類に向けながら返事を返したルークは、入室してきたのがシャルである事をその足音で察する。
「ウインター神官長補佐、リゾット神官、そろそろ休憩にしませんか? 皆、休憩室で待っていますよ。ライチェル神官査が実家から届いたお菓子を持ってきてくれたんです」
補佐室や数部屋ある神官査室、その中央に設置された空間には、大きなテーブルやソファが設置されていて、神官査達やその付き人が休憩出来る場所になっている。
一日に二回程ある休憩時間には、皆がそれぞれ持ち寄った茶葉や菓子類で談話を楽しみながらお茶会が開かれていた。
ちなみに、その休憩時間での一番の人気茶菓子は、ライサン手作りのケーキやタルト、マフィンである。たまに一緒に休憩時間を過ごす事のあるライサンは、よく手作りのお菓子を自分の部下達にふるまっていたのだ。
「ウインター神官長補佐」
手を休める様子のないルークにラテーヌが声をかけると、ルークは言った。
「行って来い、ラテーヌ。俺はきりがつくまで離れられん」
予想通りの言葉にラテーヌは眉を潜めつつも、いつもの事なので気にせず立ちあがる。
「では、行って来ます。きりがついたら来て下さいね」
おそらく来ないであろうが、いつものようにそう声をかける。
「ああ」
ラテーヌとシャルが退室した後も、ルークは書類上に記された文字を無言のまま目で追った。
瞬間、目の前が不意に霞む。
「……?」
右人差し指の背で霞んだ目をこするが、長時間酷使されてきた両目は疲労を訴えかけているようだった。
「くそ、少し休むか」
神子達の生誕の儀も近い今、休んでいる余裕などないというのに。一晩の徹夜位でこの体たらくとは、情けない限りである。
普通に考えて、睡眠や食事という人間に欠かせない部分を疎かにしている体が限界を訴えていても仕方がないのだが、そんな事に気づく事もないルークは、自分の体の情けなさに苛立ちながら浅い眠りに落ちたのだった。
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