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「おやおや、おいしそうですねぇ」  補佐室、神官査室へと続く休憩室の扉を開けたライサンは、中央に設置されたテーブルの上に並べられた色鮮やかな菓子類に目を見開いた。 「実家から送られて来たんだよん。ライサンの分もあるから、一緒に食べようよ」  ラテーヌとシャルの淹れた紅茶を飲みながら、リチャードはそう言ってライサンを誘った。 「本当、おいしいよ! ディエラ国のお菓子って、見た目も綺麗だけど、おいしいのが多いよね」  少々メタボ気味の小太り神官査、ルパートは両手にお菓子を持ちながら、幸せそうにそれらを頬張っている。付き人の神官達も、和やかな表情で休憩時間のお茶会を楽しんでいるのが見てとれた。  神官査とその付き人の神官達、部下達が勢ぞろいしているのを見回しながら、ライサンは自分の予測通り、彼の姿がない事実に気づき、ため息をつく。 「ラテーヌ、ルークはいかがしました?」  ライサンの問いに対し、ラテーヌは一瞬、気まずそうに目を泳がせる。直属の上司が仕事をしているというのに、付き人たる自分が休憩をとっている事に罪悪感を抱いているのだろう。 「申し訳ありません」  小さな声で謝罪するラテーヌにライサンは柔らかな声音で答えた。 「あなたが謝る必要はありませんよ。休憩を定められた時刻にとるというのは、当たり前の事です。むしろ、仕事の効率を上げる為にもとらなくてはいけないのですから。休憩時間は定められた規則。従わないあの子が悪いのです」  その会話を聞き、シャルも憤慨したように言った。 「毎回、誘っても断られるか、後で行くって言って来ないかどっちかなんですよ」 「こおんな、おいしいものを食べないなんて、ウインター神官長補佐は人生損してるよね」 「ルパート、あなたは食べ過ぎです」  シャルとルパートのやりとりを聞きながら、ライサンは奥にある補佐室へと向かう事にする。  いい加減、少しでいいから休憩させなければ……。  ワーカホリック気味のルークを休ませる為に、たびたびライサンが姿を消している事を知る者は少ない。ライサンという直属の上司が長時間行方をくらますのを、部下であり、補佐役であるルークが放置出来ないという事を見越しての事だ。  ライサンがルークから逃げ続けている限り、彼は仕事をする事はない。というか、出来ない。  スキンヘッドが異様に悪目立ちする寡黙な神官査、ジェイクはその辺の事を悟っているのか、ライサンが姿を消しても何も言わない者の一人だ。  むしろ、それを歓迎している節がある。 「…………」  無言のまま紅茶を飲んでいるジェイクが、何か言いたそうな目でこちらを見ているのを悟っていたライサンは、そろそろまた仕事をさぼってどこかに行く事を考えていた。 (厨房でお菓子をくすねて、屋根の上で昼寝でもしましょうかね)  そんな事を考えながら、補佐室の扉をノックする。  コンコン (?)  中から何も聞こえない事を不思議に思ったライサンは、無遠慮に扉を開けた。 「ルーク?」  静かに入室したライサンは、中から返答のなかった理由を悟り、苦笑を洩らす。  ルークは眠っていた。  神官長補佐用の机に備え付けられた皮椅子に寄りかかり、深く沈みこんだ状態で。 (おやおや)  さすがに、疲労がピークだったという事か。  目を閉じていても尚浮かぶ眉間の皺に気づき、ルークの傍まで歩み寄ったライサンは眉根を寄せる。 「眠っている時位、心安らかでいてもいいと思いますが」  そっと、目の前の青年の眉間に刻まれた皺をなぞる。  その厳しい寝顔を見るに、おそらく仕事の夢でも見ているのだろう。手を抜くという事を知らないストイック過ぎる真面目さが、己の首を絞めているという事にいつ気づくのやら。 「まあ、そこが可愛いのですがね」  そう言いながらライサンは両手でルークの頬を挟み込むと、ゆっくりと顔を近づけた。  カサカサに乾いた相手の唇を湿らすように一舐めし、唇を重ねる。触れるだけとはいえ、無断で口づけられても目を覚まさないルークは、本当に疲れているのだろう。 「そういう事するなら、扉の鍵位かければ?」  ルークの目を覚まさせないようにするかのような、抑えた声が耳に届くと同時に、ライサンは口づけを解いた。 「おや、リチャード」  そんなライサンの悪びれない顔を見返したのは、呆れ顔をしたリチャードである。彼は中に入室すると同時に、扉の鍵を中から閉めた。 「ライサンさ~、いつまでその状態でいるつもりなの?」  まるで母親のような仕草で仮眠用の毛布を眠るルークに掛けているライサンを胡乱な目で追いながら、リチャードは小声で尋ねる。 「その状態とは?」  キュポンという音を立てて、補佐机の引き出しに入っていた油性マジックの蓋を取ったライサンは、不思議そうな顔をリチャードに向ける。 「ん~? ぶっちゃけ、いつ手を出すのって聞いてるんだケド」 「…………」  リチャードの問いに無言で答えたライサンは、手にしたペンでルークの額に馬鹿と書く。
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