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「離れておっても、お前はワシの自慢の養い子だ。ライサンと仲良くするのだぞ?」  よく晴れた日の朝、迎えに来た神学校の職員に養い子を託すと、別れ際にリュカ老師は寂しそうにそう言った。 「はい」  その返事は、前半の言葉に対してのみだ。  だれがあんな奴と仲良くするものか! 「リュカ様……、リュカ様」  馬車の中から、遠くなっていくリュカ老師の小さな姿を見ていたルークは、溢れる涙を止める事が出来なかった。 「俺はずっと、リュカ様と一緒にいたかった」  ただ、それだけだったのに……。  自分を拾ってくれた、あの温かな手が離れてしまった。  ルークはそう思うと、悲しくて悲しくて仕方がなかったのだ。  世界の中心に存在するという、セイントクロス神殿。そのセイントクロス神殿よりも西の地。アシェイラ国とサンジェイラ国の国境近くに、その学園はあった。  レイデ神学校。  知る人ぞ知る、神官育成学校である。  サンジェイラ国内にあるトラキアの学塔と決定的に違うのは、この学園は選ばれた家柄の子供にしか開かれていないという点である。  女神の守護者となるに相応しい、古き血の家系の子供しか入学不可能だったのだ。  アシェイラ、ディエラ、サンジェイラ。この三国に古くから仕える、貴族の家系。それが、入学の必須条件だった。  自分達を創りし創世の母、セイントクロスの女神。  彼女に一生を捧げるという事はとても誉れ高い事であり、神官になるという事は、その家にとっても誇りになる事である。  レイデ神学校卒業者、すべてが神官になれる訳ではないが、毎年たくさんの新人神官を出す事で有名であった。  在学中であっても、優秀な人材なら、特別に見習いとして卒業前に神官になる事も可能だ。それは、とても稀なケースではあったが……。  ルークは、この、在学中の特別例ともいえる見習い神官を、レイデ神学校に入学が決まったと同時に目指す事に決めていた。  見習いとはいえ、神官は神官。  まあ、学生のアルバイトのようなものなのだが、早く神官になれば、セイントクロス神殿に仕える事が出来、リュカ老師にもそれだけ早く再会する事が出来るのだ。  ルークは必要最低限の荷物の詰まった小さなトランクを持って馬車を降りると、目の前の広大な敷地内にそびえ立つ白亜の建物を見上げた。  トラキアの学塔が縦に高いのなら、このレイデ神学校は横に広い。敷地内にある娯楽施設といえば、図書館と運動場のみであるにも関わらず、かなりの広さであった。  ここで、未来のエリート神官を目指す、七歳~十八歳までの見習い達が生活しているのだ。 「こちらへ」  ここまで連れて来てくれた案内役と別れると、出迎えてくれた学園内の人がルークを案内してくれた。  質素な内装の内部のあちこちに、女神の木とされるレイデの小振りな木が飾られている。それが珍しく、キョロキョロと周りを見回しながら歩いて行く。  その瞬間、名前を呼ばれた。 「ルーク」 「?」  聞き慣れぬ声を不思議に思って声のする方に顔を向けると、右横にあった階段をゆっくりと降りて来る少年がいた。  神学生服姿の少年。彼は穏やかに微笑んでいた。  頬にかかる、ふわふわとした毛並みの白髪。優しい薄茶色の瞳。瞳の色を抜かせば、まるで兎のようなイメージの少年。  実の孫であるだけあって、雰囲気があの聖人によく似ている。 「ライサン・セリクス」  この学園に在学中な事を考えれば、ここに彼がいるのは不思議な事ではない。ここで再会する事も、覚悟はしていた。  しかし、まさか初日に出会う事になるとは……。  紺のラインの入った黒地の神学生服と、その白髪の対比が美しい。  裾も袖もズルズルと長い、白色をベースにした神官服と違い、神学生服は学生服らしく動きやすさを重視したようなデザインになっているようである。  余談だが、神の色とされる四色、白、銀、金、褐色を用いた神服に袖を通す事が許されるのは、女神の子供達のみなのだ。  普通の一般人にはない概念が、神の守護者達の中にはある。女神の色は禁色と呼ばれ、神殿の許しがなければ、神官や神学生は使用できない色になっていた。  一般の神官が許された色は、白色。神官長補佐になると許されるのが、白と褐色。神官長に許されるのは、白と銀。大神官に許されたのは、白と金。  そして、セイントクロス神殿本部で神地と他地との間に立ち、創世の女神の眠る場所の最後の砦となっている、扉の守護者に許される色は、金と銀と褐色。  神の守護者の卵たる神学生には、神の色の使用は許されない故に、黒地の制服になっているのである。 「ようこそ、レイデ神学校へ。ルーク、これからよろしくね」  目の前までやってきたライサンは、にっこり笑ってそう言った。 「…………」  ルークはライサンの胸に光るピンバッチと、手首に飾られたシンプルなデザインのブレスレットに素早く目を走らせる。
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