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「そんな事したら、ライサンに殺されますよ。大人しく寮に戻って下さいな」
フラフラ
顔色の悪いハイネスにそう言われては、頷かずにはいられない。何故なら、今すぐ休ませてやらないと倒れそうな感じだったのだ。
リチャードがトリスラムとハイネスに引きずられて図書室を出ていくのを見送った後、ルークは再び自主勉強に戻る。
(……クソッ)
しかし一度途切れた集中力を再び取り戻すのは難しく、ルークは荒々しい仕草で読んでいた本を閉じて、椅子から立ち上がった。
(早くこんな学校、卒業したい)
そして正式な神官となり、出世をし、リュカ老師の傍にお仕えするのだ。
学生とはいえ、見習い神官でもあるルークの目の前に開けている道は一つしかない。
神官。創世の女神に仕える者。神子達の守護者。ルークの将来は、この時点で既に定まっていたのである。
その決定に、何の疑問も抱いてはいなかった。
この神学校に在学する生徒の大半は神官の道を選ばずに、実家の家業を継ぐのだとしても。自分は少数の中の一人となるのだと……。
しかしそれが、まさか仕組まれたものであったとは、この時のルークは気づかずにいた。
「探しましたよ、ルーク」
廊下を歩きながら、勉強の邪魔をしたリチャードに対する文句をぶつぶつと小声で言っていたルークは、聞こえた声の主にその不機嫌そうな顔を向ける。
「何か用か? セリクス」
そんなルークの返事を聞いたライサンは、ふふふっと嬉しそうに笑った。
(一体何が楽しいんだ?)
思いっきり嫌そうな顔を向けているというのに、幸せそうに微笑むライサンの気が知れない。
そんな自分とライサンの周りを通りがかった生徒連中の視線が痛い事痛い事。そのほとんどがルークと同学年か近学年の連中だ。ライサンより上の学年の生徒は、何故だかルークに対して不快感を示す事は表だってなかった。
生徒の誰もが敬愛し心酔する代表生徒、ライサン・セリクスに無遠慮な口を聞くルークは、完全に浮いていたのである。
(ああああッ! うぜぇ。何か言いたい事があるんなら言ってみやがれ!)
ギロッ
ルークに一睨みをくらった生徒達は、皆一様に後ずさりをした。
「ルーク」
その行動を嗜めるように、ライサンは眉をひそめる。そんな彼の優しげな顔を真っすぐに見据えると、切り捨てるようにルークは言った。
「何も用がないなら、もう行くぞ」
そのままライサンに背を向けて歩きだす。
「用ならあります。待って下さい、ルーク。リュカ老師が学校視察にいらっしゃっているのです」
「……ッ!?」
瞬間、ピタリとルークの足が止まる。
「まったく、折角教えにあげにきたというのに、せっかちなんですから」
ふうっとため息をついたライサンをルークは振り返る。
「本当か!?」
頬を紅潮させ瞳を潤ませたルークの姿に、一瞬その場にいたすべての者が絶句した。ただ一人、その変わり様を見慣れたライサンを抜かして……。
「ええ、今来賓室にいますよ」
その言葉を聞くと同時に、ルークは走り出す。
全速力で!
神足のような速さで来賓室に辿り着くと、扉の前で一つ深呼吸。
ああ、でも呼ばれてもいないのに、入って大丈夫だろうか?
まるで告白を前にした乙女のように恥じらい、不安になりながらルークが逡巡していると、後ろから手が伸びた。
コンコン
「誰だね?」
中から聞こえた学園長の声。全速力で走ったルークにいつの間にか追いついていたライサンは静かに答える。
「ライサン・セリクスです。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
しばらくした後、了承の答えが返る。
「入りなさい」
「……失礼致します」
カチャ
そうして、ゆっくりとドアを開けたライサンに促されて、ルークも室内に入る事が出来た。
「おや、ウィンターも一緒なのか?」
品のいい老紳士然とした学校長の言葉を聞いて、ルークは頭を下げる。
「ではでは、私は退散するとしますか。セリクス大神官、ご家族との久方ぶりの再会をお楽しみ下さい」
「気を使わせて悪いのう、ビーアン」
そう言って微笑む、小さな白髪の老人。
(リュカ様!)
ルークは六年ぶりに目にするその姿に、感動のあまり胸が震えるのを感じていた。
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