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(2)
「お久しぶりです。お祖父様」
そう言ってにっこりと微笑んだ孫に向かって、来賓用のソファに座っていたリュカ老師も嬉しそうに小さな目を和ませる。
「おお、ライサン、大きゅうなったの。お前の事は、わしのおる本部の方でも評判になっておるよ。とっても優秀な代表生徒だ、とな。わしも鼻が高々だわい」
ふぉふぉふぉふぉと笑ったリュカ老師は、ライサンの後ろに呆然と立ち尽くすルークの姿を認め、驚きに目を見張った。
「ルーク……? ルークだな?」
あんなに小さかった養い子が、今では二つ年上のライサンに追いつきそうな程、背が伸びている。
「リュカ様」
声も記憶にあるものよりも低くしっかりしており、リュカ老師は自分の養い子の成長を喜んだ。
「リュカ様ーーーーッ!」
ルークは両腕を大きく広げると、リュカ老師の元に駆け寄り、その白い鬚の中に顔を埋もれさせた。
「ルーク、ルークや。元気そうで何よりだ」
撫で撫で撫で。
自分に抱きついてスリスリと顔を寄せるルークの髪を優しく撫でながら、リュカ老師は頬を緩ませる。
しかし、その瞬間。
「………………………………」
ゾクリッ
無言の圧力を感じたリュカ老師は、動きを止める。
「…………」
ライサンが微笑んでいた。
それはもう、不気味な程穏やかに、黒く。
(落ち着くのだ、ライサン!)
リュカ老師が内心悲鳴を上げている間に、ルークはようやく落ち着いたらしく、養い親の膝……というか、鬚の中から顔を上げた。
「グスッ……。すみません、リュカ様。取り乱してしまって」
泣きべそ交じりにそう言うルークからは、普段の生意気さがまったく感じられない。それどころか、愛玩動物のように愛らしかった。
うっすらと赤くなったルークの目元を優しくさすってやりながら、リュカ老師は小さく首を振る。
「六年振りだものな。わしも会いたかったぞ、ルーク」
「……! リュカ様」
リュカ老師の言葉を聞いたルークは、感動に胸を震わせる。まるで恋する乙女だ。
しかも、相手は還暦を当に過ぎている老人。
しかも、男。
しかも、小妖精のように可愛らしい外見。
その膝(鬚)に縋り、瞳を潤ませる少年の姿は、かなりシュールだった。
「ふぉふぉ、感動の再会はここまでにするとしよう。今日はこの学校に泊まってゆくからの、また話をする機会もあるだろうて」
「視察でいらしたと聞きましたが……」
ライサンの言葉に対し、リュカ老師は目線を下に落とす。
「それもあるのだが、お前に話もあったのでな」
「僕に?」
小首を傾げたライサンを見上げたリュカ老師は、ルークに言った。
「ルークや、ライサンと大切な話があるのだ。少し席を外してもらってよいか?」
「はい、リュカ様」
今離れても、明日まではいてくれる。そう思ったから、ルークは名残を惜しみながらもリュカ老師から離れた。
「では、また」
それでもやはり、まだ離れたがったルークは意を決して、リュカ老師の頬に親愛の口づけを贈った。
「!?」
「ふぉふぉふぉっ」
さすがにライサンは頬を引きつらせていたが、リュカ老師は笑って許してくれた。
(ふん、リュカ様はお前だけのものじゃないんだからな!)
ルークはそう思いながら、ライサンを一睨みし、来賓室を退室したのだった。
パタン……
ルークが退室するのを見届けたと同時に
「お祖父様?」
ライサンの、穏やかだが冷え切った声が、室内に響き渡った。
「ふぉふぉ……、ふう、ルークとは相変わらずのようだの」
打ち解けてはいるようだが、相変わらず仲のあまりよろしくない孫と養い子の様子に、リュカ老師はため息をつく。
「なんでだろうな~。お前はわしの若い頃によく似た男前な顔をしておるのになぁ」
「見た目は関係ないのでしょう。あれは、極度のジジコンです。僕がお祖父様の孫であるという事実に嫉妬しているのですよ、ルークは」
リュカ老師と同じ色の瞳を細めてそう言ったライサンは、祖父の向かいのソファにどっかりと腰を下した。
「ふぉふぉふぉふぉふぉ、そればかりはどうしようもないのう。自分でどうにかするしかあるまい」
「もう、いっその事、接し方を変えた方がいいのかもしれませんね」
今まで、弟を優しく見守る兄のような形でルークに接してきたライサンは、そう言って小さく笑う。
(この学校にいる間は代表生徒という立場上、無理でしょうが、卒業したら猫を被るのを止めましょうかね)
好きな子に良く思われたくて、代表生徒として完璧で人当たりのいい少年を演じてきたが、なんだかそれをやっていても意味がないような気がしてきた。っというか……逆効果?
「まあ、存分に悩むがよいぞ。よいの~よいの~、青春の悩みはのう」
フワフワもこもこの自分の鬚を撫でつけながらそう言ったリュカ老師は、不意に表情を引き締めた。
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