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「それでライサン、お前に話というのはな。少し気になる事があってのう。そのな……例の夢は、まだ見るのか?」  リュカ老師のその言葉に、ライサンは小さく肩を震わせる。 「知っての通り、現代の剣主様、レオンハルト王子殿下には半身がおらぬ。アシェイラ国は非常に危うい状態なのだ。アシェイラが現状を維持出来ておるのは、ディエラ国の鏡主様と鏡鍵様の援助あってこそ」  しかし、その鏡鍵もまだ五歳という年齢。去年、宝鍵の儀式を終えたばかり。  まだまだ幼すぎるのだ。  十四歳の鏡主と五歳の鏡鍵。  そんな子供がディエラ国内の浄化と、剣鍵の不在なアシェイラ国、今だ宝主宝鍵の幼いサンジェイラ国の浄化を担っているのである。  大きなものでなければ、半身のいない剣主一人でも浄化は可能な為、アシェイラ国より二人に要請がかかるのは、女神の宝なしでは浄化の出来ないような大きな邪気が発見された時のみではあるのだが。  まだ幼児というような年齢の妹姫を連れ、自分付きの騎士達に守られながらとはいえ、邪気浄化の任務に就いているジュリナ姫が哀れでならない。  リュカ老師は、そんな自分の気遣いを豪快に笑い飛ばした少女の事を思い出しながら、ため息をついた。 「まあ、鏡主様はあのような御気性故、疲労を顔に出す事をしないのだが。それがまた可哀そうでな。いくらそれが使命だといっても……。剣主様もそれを気にしておったよ」  創世の女神、セイントクロスの女神。その女神の力を受け継ぎし神子達。彼らの事を思うと、愛しさと慕わしさと懐かしさで、気が狂いそうになった事もある。 「今は、例の夢を見る事はほとんどなくなっています。それだけ、僕にとってのルークの存在が、大きくなってきているという事なのでしょう」  ライサンの静かなその声に、リュカ老師は頷く。 「そうか……そうか。それは良い事だ。本当に…………。でも、ライサン」 「わかっています。ただの人間である僕にどこまで出来るかはわかりませんが、今だ幼い神子様方の為に全力を尽くします」 「すまぬ。本当にすまぬ、ライサン」  項垂れる祖父にライサンは諦めの混じったような笑みを向けた。 「これも、宿命なのでしょう」  ディエラ……  ディエラ国。  ここより遙か東の地、麗しの国。  かの地の土を踏むことは生涯ないだろう。  例え、両親や兄弟を悲しませる事になっても、戻るつもりはない。  故郷に戻るのが、正直恐ろしいのだ。 「かの地の女神の子供が娘で良かった。間違っても神官として派遣される事は……ないでしょうから」  暗い声でそう呟くライサンの真実を知る唯一の人物であるリュカ老師は、憂うような目をじっと孫に向けていたのだった。  こうして  リュカ老師のレイデ神学校訪問から少し後、ライサン・セリクスの神官就任が決定した。  それは、特例中の特例の事だった。神学校在学を後一年残しての、強制卒業、神官就任。  それを知った者達は皆、その処置がライサン・セリクスが優秀過ぎる生徒であるが故の事なのだと納得し、疑問に思う事もしなかった。 「先に行っていますよ、ルーク」  そう言い残してレイデ神学校を去ったライサンを引き継いで代表生徒になったのはルークだった。周囲のルークへの接し方が変わったのはその時からだ。  結局、ライサンは在学中、代表生徒の座を誰にも明け渡す事なく、最後までその座に居続けた。理由は至極単純である。  彼よりも優秀な生徒がいなかったから……。たった、それだけの事。  そんなライサンが卒業した後の三年間、レイデ神学校の代表となったのがルークだ。  ルークを今まで蔑んでいた同級生達は、相手が代表生徒になった途端、手の平を返したかのように媚びへつらうようになった。その変わり身の早さにルークは呆れ、ひどくうんざりさせられたものだ。  カリスマ性の高かったライサンとは違うが、細かく堅実的なルークは、同級生や上級生よりも下級生に受け入れられ、人気が高かったようだが、それは本人は知らない影の真実である。  こうして、あまりいい思い出のないレイデ神学校での学生生活を終え、新人神官となったルークは、自分が卒業するまでのたった三年で、セイントクロス神殿本部の神官長補佐になっていたライサンと再会する事となった。 「卒業おめでとう、ルーク」  そう言って微笑んだ青年の背を、ルークはいつの間にか追い越していた。 「ああ」  無愛想な返事を返したルークを、上から下まで穴が空く程よく見回しながら、ライサンは言った。 「ふふふ、神官服がまだまだ初々しいですが、その内きっと似合うようになってくるのでしょうね」  白色の神官服に初めて袖を通したルークを見上げるライサンの言葉に偽りはない。とても嬉しそうに顔を綻ばせていた。  そんな相手を見返していたルークは、目の前で優しく微笑んでいるライサンが着る神官服、それに使われている釦やラインの色が褐色をしているのにすぐに気づいた。
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