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「ふん、神官長補佐か。この短期間にずいぶん出世したものだな、セリクス」 「あはははは、特に何もしていないのですがね」  何もしないで、たった二十歳で神官長補佐になれるものか。  ルークは白けた気分でライサンの話をしばらく聞いていたが、不意にはっとして彼の話をさえぎった。 「すまんが、新人神官は全員呼び出されているんだ。配属先の発表があるらしい」  昨日入殿式を終え、本日配属先の神殿が決まる。  ディエラ支部は現在、宝主宝鍵が姫君の為、配属されるのは巫女のみであるから、可能性があるのはアシェイラ支部とサンジェイラ支部、そして、この本部のみ。  本部には神官と巫女の両方がいるが、他の支部は、その国の宝主宝鍵、女神の子供に合わせた性別の神の守護者が配置されていた。  つまりは、女神の息子のいる国には神官、女神の娘のいる国なら巫女が……。 「ああ、それなら行く必要ありません」  ルークが慌てて駆け出そうとするのを、その手首を押さえて止めながらライサンは言った。 「?」  怪訝そうな顔を向ける赤髪の青年に、ライサンは朗らかに告げた。 「しばらくの間、あなたはセイントクロス神殿本部所属。私の付き人に決定しています」  ルークは衝撃のあまり、しばらく動けなかった。  本部の神官長補佐の付き人? 入殿したばかりの新人には、ありえない地位。支部の神官査程度の付き人なら新人でもありえるが、本部の神官長補佐の付き人を新人が?  通常、無理だろう!?  しかも、なんだ!? しばらくって!  普通、一度配属されたら、数年は動かないはずである。 「ルーク? ルーク!?」  目を見開いたまま硬直してしまったルークに気づき、さすがのライサンも慌てたような声を上げた。  そしてそのまま  バターーーーーーンッ  ルークはまるでコントのような勢いで、硬直したまま後方に倒れ込み、意識を失くしたのだった。 「ルーク!」  そんなライサンの焦り声が、遠くで響いていた。  ールークー  誰だ?  とても穏やかで、優しい声が聞こえる。  ールークやー  ああ、リュカ様……  フワフワの長い白髪。長い鬚を蓄えた、小妖精のような姿の老師。  彼を本当の祖父のように敬愛している。  傍にいたいが為に、たくさん勉強して、ここまできたのだ。 「う……」  わずかな呻き声を上げて目を開いたルークの目にぼんやりと映ったのは、フワフワとした白い髪。 「リュカ様?」  そう呼びかけると、”リュカ老師”は彼にしては張りのある若々しい声で言った。 「まだ起きてはいけませんよ、ルーク。微熱があります。きっと疲れが出たのでしょう」  視界がぼんやりとするのは、寝ぼけている所為もあるが、熱の影響もあるという事か。  小さな”リュカ老師”にしては大き過ぎる手が、ルークの後頭部の大きな瘤に触れた。 「倒れた拍子に頭も打ちましたからね。安静にしていて下さい」 「はい、リュカ様」  コクリと頷いて素直に返事をすると、その返事を聞いた彼は、微妙な表情で沈黙を落とす。  そのまま離れようとした慕わしい手をつい咄嗟に掴み、ルークはささやくように言った。 「リュカ……リュカ様。やっとここまで、来れました……これから、ずっとお傍に…………」  そのまま再び眠りに落ちたルークは、自分が掴んだ手をそっと握り返したその手の主が、呆れたように寂しそうなため息をつくのを聞く事はなかった。 「いつになったら、あなたはお祖父様離れをしてくれるのでしょうね。一体いつまでジジコンをやっているつもりなのでしょう」  幸せそうな寝息を立てるルークを恨めしそうに見ながら、ライサンはもう一度ため息をつく。  幼少期の刷り込みとは、恐ろしいものだ。  ルークは自分を拾い、育ててくれたリュカ老師に対して、絶対的な信頼と愛情を向けるようになってしまっていた。  それは、度を過ぎている感が否めない程に……。 「第一、お祖父様が甘やかし過ぎたんですよ」  ぶちぶちとそう文句をたれていると、ルークの眠る救護室の寝台、その足元付近に腰をかけていた白鬚の老人が困ったような顔をした。 「そんな事言ってものう、ライサン。可愛いのじゃから、仕方ないのじゃ」  自分を慕い、絶対的な信頼を寄せる子供を無下に出来るリュカ老師ではない。 「なんだか、学生時代よりも重病化しているような気がしますねぇ」  三年振りに顔を合わせたというのに、リュカ様リュカ様とジジコン丸出しだ。 「お祖父様。私はお祖父様の要望通り、予定よりも早く神官としてセイントクロス神殿に入殿し、影ながら神子様方を支えて参りました」  ため息交じりに切々とそう訴え出したライサンの言葉を聞き、リュカ老師も重々しく頷く。 「おお、おお、お前のおかげで、この三年、邪気の動きは非常に穏やかなものじゃった。とても感謝しておるよ、ライサン」
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