如月響の告白

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

如月響の告白

如月奏がいなくなった、って大騒ぎしてる世間から離れて、私はカナダで一息ついていた。ずっと目が回るような忙しさだったから、ちょっと嫌になっちゃったんだよね。子供の頃から行きたかったカナダのバンクーバー! さらに一流ホテルに連泊! 貯めたお金を自分のためにこうしてぱーっと使うなんて初めてで、どきどきする。 今頃、事務所の人達も心配したり怒ったりしてるんだろうなあ。スマホも解約して、一切の連絡手段を断って来ちゃったから、そこはちょっと罪悪感。でも、どうしても自由がほしかったんだよね。自分のための時間なんて、これっぽっちもなくて。 みんなの思ってる如月奏は、たぶんイケボでイケメンで歌がうまくてやさしくて作詞作曲も神がかってて…って、なってるんだろうなあ。 本当は私なのに。 私は如月響って名前で、女の子で、どこにでもいるような歌が好きなだけの人間なんだ。 みんなが勝手に私を男性だって決めつけて、ファンの女の子たちに祭り上げられてしまった。たしかに女性にしては背が高くてバスケもやってたし、地声も低めだったから、勘違いされる要素はあったとは思う。 メジャーデビューが決まったときも、事務所の人達が「顔出しはしなくてもいいし守ってあげるから、このまま男性ってことでいこう」なんて言われて、今思えば断ればよかったんだけど、そのときはあまりよく考えてなかった。私が女性であることは事務所の中でもトップシークレット扱いになって、ごく一部の人しか知らなかった。 たぶん、また曲をつくって、歌いたくなるんだろうな。だって、私にできることってそれしかないからね。帰ったらいっぱい怒られるんだろうな。このままここにいるわけにはいかないのもわかってるけどさ。 私はスーツケースの中から、小さな巾着袋を取り出した。着替のなかに包んでいたから、取り出すのに手間がかかった。中身が割れちゃったら大変だからね。巾着袋の中からさらに小瓶を取り出して、サイドテーブルに置く。夕焼けに照らされて、きらきらと輝いてみせた。 「ほら、奏も来たかったカナダだよ」 小瓶の中のさらさらとした粉は、私の双子の弟だったものだ。私たち、一心同体でここまできた。最初に歌が好きになったのは奏のほうだった。ボーカロイドに夢中になってすごく楽しそうだったから、私もやってみた。そしたら、本当におもしろくて楽しくて、自分の中からあふれでる旋律にわくわくした。 私に嫉妬するだけにしておけばよかったのに。本当に馬鹿な弟。私のことが目障りだとか何とか言って、あの夜、首を締めて殺そうとしてきた。揉み合っているうちに、死んだのは奏だった。階段から落ちて、首の骨を折ったの。自業自得。本当にかわいそうな弟。 事故死した弟の名前でボカロPを始めたのはせめてもの供養だと思った。愚かで哀れで愛しい双子の弟。私の中で生きていくしかない、私だけの奏。 これからもずっと一緒だよ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!